魔剣使われに告ぐ

玄城 克博

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Ⅱ    ―奇剣『ラ・トナ』―

2-9 サラ・フレイア

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「いたか、サラ」
 見慣れた剣術場の風景、その中に一人佇む少女の姿もまた、俺にとっては飽きるほど見慣れたものだった。
「シモン? 珍しいわね、こんな時間に」
 俺の声に振り向いた少女の瞳には、怪訝な色が浮かべられていた。たしかに、今の時刻は夕方の一歩手前、俺が剣術場に来る時はそれより早くからか、あるいはもう少し後になってからである事が多い。
「まぁ、そういう事もある」
 いきなり本題を切り出すのは躊躇われ、曖昧に濁してしまう。
「それより、これから時間あるか?」
「別に予定は無いわね」
「そうか」
 期待通りの答えに、胸を撫で下ろす。サラの時間に余裕があるなら、急ぐ必要はない。
「……どうしたの? 何かあった?」
 しかし、サラの言葉はまるで俺を急かすようにやけに鋭かった。
「何か、ってなんだ?」
「それは知らないわよ。ただ、今日のシモン、ちょっと変じゃない?」
「……そうか?」
「うん、変よ。なんて言うか、ボーっとしてる?」
 なるほど、言われるまで自覚は無かったが、色々と考え過ぎて目の前の会話に集中できていなかったのかもしれない。
「言いづらい事でもあるんだろうけど、さっさと言えば? そのために来たんでしょ?」
「……ははっ」
 サラのいつにない察しの良さに、思わず苦笑が零れる。あるいは、今の俺がそれほどわかりやすいのかもしれないが。
「サラ、俺の事をどう思う?」
 それなら、普段の自分を装うのは止める。
「シモンをどう思うか? 何、どういう事?」
「言葉通りの意味だけど……じゃあ、少し言い方を変えるか」
 俺がサラにするべきは、あるかもしれない可能性を伝える事だ。そして、そのために回りくどい手段を使うのは悪手だろう。
「サラは、俺が死んだらどう思う?」
「……悲しむよ」
 唐突に思えただろう問いに、しかしサラは短い答えを返した。
「何があったの? それとも……何をするつもりなの?」
「昔の知り合いが見つかった。俺は、そいつに会う必要がある」
「それでどうして――」
「そいつは今、厄介な立場にある。会うためには多分、揉め事は避けられない」
 詳細は避けて、話せる事だけを話す。サラに関しては、下手に事情を話しすぎたために巻き込んでしまう事が何よりも怖い。
「それは、シモンが死んでもやらないといけない事なの?」
「やらない選択肢は無いな。ただ、俺は死ぬつもりはない。それでも、そうなる可能性があるって事を言っておこうと思っただけだ」
 正直なところ、俺が生きて帰って来られる可能性がどれほどかはわからない。
 だが、少なくとも俺は再びクーリアに会う必要がある。だから、それまでは死ぬ気は毛頭ない。死んでも、なんて言葉は無意味だ。事を成すまでは生きている必要がある。
「……もう、決めたのね」
「ああ、悪い」
 自分の命を賭けるのを責められる筋合いはない、というつもりはない。サラは、俺が死ねば悲しむと言ってくれた。そして、サラにとっては俺がクーリアと相まみえるかどうかなんて事はどうでもいい事だ。俺の決断は、サラにとってはマイナスでしかない。
「なら、今できる事をやっておくわ」
 視線を落とし、サラは腕を振る。しなる腕の先、放られたのは剣術場の模擬剣だった。
「死ぬかもしれないんでしょ? それなら、その前に相手してよ」
 俺から距離を取ったサラの両手もまた、足元からそれぞれ一本ずつ模擬剣を拾う。
「負けた方が、勝った方の言う事を一つ聞く。ひさしぶりに、そういうのはどう?」
 サラの魂胆は、考えるまでもなくすぐにわかった。
「……わかった、やろう」
 それでも、俺はここで退くわけにはいかなかった。


 決闘方法は簡易式。
 真剣であれば致命傷となり得るような斬撃なら一発、そこまではいかないものの有効打となるようなものは三発。それぞれ規定の数を浴びせれば勝利となる簡易式模擬実戦は、修練として俺とサラが最も多く刃を交わし合った方式だった。
 だから、その結末はわかっていた。
「……………………」
 思い返すのは、去り際のサラの表情。
 伝えるべき事は伝えた。最後に剣を交わす事もできた。流石に思い出話に浸るような雰囲気にはならなかったが、それも予想していた通り。むしろ、俺もサラも下手に感情的にならずに済んだ分、会話が簡潔に終わった事は良かったと考えるべきだろう。
 だが、考えてしまう。
 本当にあれで良かったのか。サラ自身が言い出した事とは言え、最後になるかもしれない剣の交わりは、相手を力で捻じ伏せるためのものになってしまった。その内容も、手加減をするのは論外とは言え、あまりに直線的で遊びのないもので。
 そもそも、俺は本当にクーリアの元に辿り着く必要があるのか。共に過ごした時間を数えれば、俺にとってはおそらくサラと過ごした時間が最も長い。どちらを取るか、というような問題ではないにしても、今まで通りに過ごすという選択は十分に存在していいはずだ。
 いや、それ以前の問題として、そもそもクーリアは――
「……っ」
 頭が痛む。身体が落ち着きを失い、小刻みに震え始める。
 そう、俺はまだ答えを出せてはいない。ただ、それでもわかる事が一つだけある。
 他でもないその答えを出すため、俺自身の感情に決着を付けるため、そのために俺はクーリアの前に立つ必要がある。例えそれが徒労に終わるとしても、何を成す事もできないどころか、本当は俺には何を成すつもりも無い事を確認する事にしかならないとしても、俺には動かずにいる選択肢は存在していない。きっと、そうする事に俺は耐えられない。
「悪いな……サラ」
 あくまで、全ては俺の自己満足だ。おそらく俺の行動は誰のためにもならず、ただ自分を慰める事しかできない。
 そんな自分を知られるのを避けるため突き放した無二の友人へと、俺は一人、自己満足でしかない謝罪を口にした。
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