17 / 43
Ⅱ ―奇剣『ラ・トナ』―
2-9 サラ・フレイア
しおりを挟む
「いたか、サラ」
見慣れた剣術場の風景、その中に一人佇む少女の姿もまた、俺にとっては飽きるほど見慣れたものだった。
「シモン? 珍しいわね、こんな時間に」
俺の声に振り向いた少女の瞳には、怪訝な色が浮かべられていた。たしかに、今の時刻は夕方の一歩手前、俺が剣術場に来る時はそれより早くからか、あるいはもう少し後になってからである事が多い。
「まぁ、そういう事もある」
いきなり本題を切り出すのは躊躇われ、曖昧に濁してしまう。
「それより、これから時間あるか?」
「別に予定は無いわね」
「そうか」
期待通りの答えに、胸を撫で下ろす。サラの時間に余裕があるなら、急ぐ必要はない。
「……どうしたの? 何かあった?」
しかし、サラの言葉はまるで俺を急かすようにやけに鋭かった。
「何か、ってなんだ?」
「それは知らないわよ。ただ、今日のシモン、ちょっと変じゃない?」
「……そうか?」
「うん、変よ。なんて言うか、ボーっとしてる?」
なるほど、言われるまで自覚は無かったが、色々と考え過ぎて目の前の会話に集中できていなかったのかもしれない。
「言いづらい事でもあるんだろうけど、さっさと言えば? そのために来たんでしょ?」
「……ははっ」
サラのいつにない察しの良さに、思わず苦笑が零れる。あるいは、今の俺がそれほどわかりやすいのかもしれないが。
「サラ、俺の事をどう思う?」
それなら、普段の自分を装うのは止める。
「シモンをどう思うか? 何、どういう事?」
「言葉通りの意味だけど……じゃあ、少し言い方を変えるか」
俺がサラにするべきは、あるかもしれない可能性を伝える事だ。そして、そのために回りくどい手段を使うのは悪手だろう。
「サラは、俺が死んだらどう思う?」
「……悲しむよ」
唐突に思えただろう問いに、しかしサラは短い答えを返した。
「何があったの? それとも……何をするつもりなの?」
「昔の知り合いが見つかった。俺は、そいつに会う必要がある」
「それでどうして――」
「そいつは今、厄介な立場にある。会うためには多分、揉め事は避けられない」
詳細は避けて、話せる事だけを話す。サラに関しては、下手に事情を話しすぎたために巻き込んでしまう事が何よりも怖い。
「それは、シモンが死んでもやらないといけない事なの?」
「やらない選択肢は無いな。ただ、俺は死ぬつもりはない。それでも、そうなる可能性があるって事を言っておこうと思っただけだ」
正直なところ、俺が生きて帰って来られる可能性がどれほどかはわからない。
だが、少なくとも俺は再びクーリアに会う必要がある。だから、それまでは死ぬ気は毛頭ない。死んでも、なんて言葉は無意味だ。事を成すまでは生きている必要がある。
「……もう、決めたのね」
「ああ、悪い」
自分の命を賭けるのを責められる筋合いはない、というつもりはない。サラは、俺が死ねば悲しむと言ってくれた。そして、サラにとっては俺がクーリアと相まみえるかどうかなんて事はどうでもいい事だ。俺の決断は、サラにとってはマイナスでしかない。
「なら、今できる事をやっておくわ」
視線を落とし、サラは腕を振る。しなる腕の先、放られたのは剣術場の模擬剣だった。
「死ぬかもしれないんでしょ? それなら、その前に相手してよ」
俺から距離を取ったサラの両手もまた、足元からそれぞれ一本ずつ模擬剣を拾う。
「負けた方が、勝った方の言う事を一つ聞く。ひさしぶりに、そういうのはどう?」
サラの魂胆は、考えるまでもなくすぐにわかった。
「……わかった、やろう」
それでも、俺はここで退くわけにはいかなかった。
決闘方法は簡易式。
真剣であれば致命傷となり得るような斬撃なら一発、そこまではいかないものの有効打となるようなものは三発。それぞれ規定の数を浴びせれば勝利となる簡易式模擬実戦は、修練として俺とサラが最も多く刃を交わし合った方式だった。
だから、その結末はわかっていた。
「……………………」
思い返すのは、去り際のサラの表情。
伝えるべき事は伝えた。最後に剣を交わす事もできた。流石に思い出話に浸るような雰囲気にはならなかったが、それも予想していた通り。むしろ、俺もサラも下手に感情的にならずに済んだ分、会話が簡潔に終わった事は良かったと考えるべきだろう。
だが、考えてしまう。
本当にあれで良かったのか。サラ自身が言い出した事とは言え、最後になるかもしれない剣の交わりは、相手を力で捻じ伏せるためのものになってしまった。その内容も、手加減をするのは論外とは言え、あまりに直線的で遊びのないもので。
そもそも、俺は本当にクーリアの元に辿り着く必要があるのか。共に過ごした時間を数えれば、俺にとってはおそらくサラと過ごした時間が最も長い。どちらを取るか、というような問題ではないにしても、今まで通りに過ごすという選択は十分に存在していいはずだ。
いや、それ以前の問題として、そもそもクーリアは――
「……っ」
頭が痛む。身体が落ち着きを失い、小刻みに震え始める。
そう、俺はまだ答えを出せてはいない。ただ、それでもわかる事が一つだけある。
他でもないその答えを出すため、俺自身の感情に決着を付けるため、そのために俺はクーリアの前に立つ必要がある。例えそれが徒労に終わるとしても、何を成す事もできないどころか、本当は俺には何を成すつもりも無い事を確認する事にしかならないとしても、俺には動かずにいる選択肢は存在していない。きっと、そうする事に俺は耐えられない。
「悪いな……サラ」
あくまで、全ては俺の自己満足だ。おそらく俺の行動は誰のためにもならず、ただ自分を慰める事しかできない。
そんな自分を知られるのを避けるため突き放した無二の友人へと、俺は一人、自己満足でしかない謝罪を口にした。
見慣れた剣術場の風景、その中に一人佇む少女の姿もまた、俺にとっては飽きるほど見慣れたものだった。
「シモン? 珍しいわね、こんな時間に」
俺の声に振り向いた少女の瞳には、怪訝な色が浮かべられていた。たしかに、今の時刻は夕方の一歩手前、俺が剣術場に来る時はそれより早くからか、あるいはもう少し後になってからである事が多い。
「まぁ、そういう事もある」
いきなり本題を切り出すのは躊躇われ、曖昧に濁してしまう。
「それより、これから時間あるか?」
「別に予定は無いわね」
「そうか」
期待通りの答えに、胸を撫で下ろす。サラの時間に余裕があるなら、急ぐ必要はない。
「……どうしたの? 何かあった?」
しかし、サラの言葉はまるで俺を急かすようにやけに鋭かった。
「何か、ってなんだ?」
「それは知らないわよ。ただ、今日のシモン、ちょっと変じゃない?」
「……そうか?」
「うん、変よ。なんて言うか、ボーっとしてる?」
なるほど、言われるまで自覚は無かったが、色々と考え過ぎて目の前の会話に集中できていなかったのかもしれない。
「言いづらい事でもあるんだろうけど、さっさと言えば? そのために来たんでしょ?」
「……ははっ」
サラのいつにない察しの良さに、思わず苦笑が零れる。あるいは、今の俺がそれほどわかりやすいのかもしれないが。
「サラ、俺の事をどう思う?」
それなら、普段の自分を装うのは止める。
「シモンをどう思うか? 何、どういう事?」
「言葉通りの意味だけど……じゃあ、少し言い方を変えるか」
俺がサラにするべきは、あるかもしれない可能性を伝える事だ。そして、そのために回りくどい手段を使うのは悪手だろう。
「サラは、俺が死んだらどう思う?」
「……悲しむよ」
唐突に思えただろう問いに、しかしサラは短い答えを返した。
「何があったの? それとも……何をするつもりなの?」
「昔の知り合いが見つかった。俺は、そいつに会う必要がある」
「それでどうして――」
「そいつは今、厄介な立場にある。会うためには多分、揉め事は避けられない」
詳細は避けて、話せる事だけを話す。サラに関しては、下手に事情を話しすぎたために巻き込んでしまう事が何よりも怖い。
「それは、シモンが死んでもやらないといけない事なの?」
「やらない選択肢は無いな。ただ、俺は死ぬつもりはない。それでも、そうなる可能性があるって事を言っておこうと思っただけだ」
正直なところ、俺が生きて帰って来られる可能性がどれほどかはわからない。
だが、少なくとも俺は再びクーリアに会う必要がある。だから、それまでは死ぬ気は毛頭ない。死んでも、なんて言葉は無意味だ。事を成すまでは生きている必要がある。
「……もう、決めたのね」
「ああ、悪い」
自分の命を賭けるのを責められる筋合いはない、というつもりはない。サラは、俺が死ねば悲しむと言ってくれた。そして、サラにとっては俺がクーリアと相まみえるかどうかなんて事はどうでもいい事だ。俺の決断は、サラにとってはマイナスでしかない。
「なら、今できる事をやっておくわ」
視線を落とし、サラは腕を振る。しなる腕の先、放られたのは剣術場の模擬剣だった。
「死ぬかもしれないんでしょ? それなら、その前に相手してよ」
俺から距離を取ったサラの両手もまた、足元からそれぞれ一本ずつ模擬剣を拾う。
「負けた方が、勝った方の言う事を一つ聞く。ひさしぶりに、そういうのはどう?」
サラの魂胆は、考えるまでもなくすぐにわかった。
「……わかった、やろう」
それでも、俺はここで退くわけにはいかなかった。
決闘方法は簡易式。
真剣であれば致命傷となり得るような斬撃なら一発、そこまではいかないものの有効打となるようなものは三発。それぞれ規定の数を浴びせれば勝利となる簡易式模擬実戦は、修練として俺とサラが最も多く刃を交わし合った方式だった。
だから、その結末はわかっていた。
「……………………」
思い返すのは、去り際のサラの表情。
伝えるべき事は伝えた。最後に剣を交わす事もできた。流石に思い出話に浸るような雰囲気にはならなかったが、それも予想していた通り。むしろ、俺もサラも下手に感情的にならずに済んだ分、会話が簡潔に終わった事は良かったと考えるべきだろう。
だが、考えてしまう。
本当にあれで良かったのか。サラ自身が言い出した事とは言え、最後になるかもしれない剣の交わりは、相手を力で捻じ伏せるためのものになってしまった。その内容も、手加減をするのは論外とは言え、あまりに直線的で遊びのないもので。
そもそも、俺は本当にクーリアの元に辿り着く必要があるのか。共に過ごした時間を数えれば、俺にとってはおそらくサラと過ごした時間が最も長い。どちらを取るか、というような問題ではないにしても、今まで通りに過ごすという選択は十分に存在していいはずだ。
いや、それ以前の問題として、そもそもクーリアは――
「……っ」
頭が痛む。身体が落ち着きを失い、小刻みに震え始める。
そう、俺はまだ答えを出せてはいない。ただ、それでもわかる事が一つだけある。
他でもないその答えを出すため、俺自身の感情に決着を付けるため、そのために俺はクーリアの前に立つ必要がある。例えそれが徒労に終わるとしても、何を成す事もできないどころか、本当は俺には何を成すつもりも無い事を確認する事にしかならないとしても、俺には動かずにいる選択肢は存在していない。きっと、そうする事に俺は耐えられない。
「悪いな……サラ」
あくまで、全ては俺の自己満足だ。おそらく俺の行動は誰のためにもならず、ただ自分を慰める事しかできない。
そんな自分を知られるのを避けるため突き放した無二の友人へと、俺は一人、自己満足でしかない謝罪を口にした。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる