魔剣使われに告ぐ

玄城 克博

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Ⅱ    ―奇剣『ラ・トナ』―

2-8 ルークス剣術場

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 幾度となく足を運んだ道、徐々に人通りの少なくなっていくその終着点は、時代の積み重ねを感じさせるような、あるいは単純に古臭い石造建築だった。
 ルークス剣術場。
 かつては栄華を誇ったという剣士養成機関であり、剣士の衰退と共に抜け殻と化していった成れの果て。数え切れないほどの時間を過ごしたこの場所に、今の俺が郷愁を感じる事はなかった。
「あれ、シモンさん?」
「フィリクスか」
 向かいから現れた見知った顔の男に声をかけられた事で、尚更気分が緩む。
「偶然っすね。俺はこれから帰るところなんですけど、シモンさんは今から?」
「ああ。まだ誰かいるか?」
「サラさんはいましたよ。他は、多分いないんじゃないですかね」
「いつも通りか」
 俺の個人的な状況が変化しても、この場所には関係がない。今日も今日とて、ルークス剣術場はいつも通りの閑散とした剣術場だった。
「急ぎか? 少し話せる?」
「まぁ、少しくらいなら」
 せっかく偶然出会ったのだ、ここでフィリクスと話をしておくのも悪くない。
「国防軍の過激派と穏健派の話を知ってるか?」
 フィリクスは一応は国防軍の軍人だ。あくまで下っ端でそれほど情報源としては期待できないが、下っ端がどれほど情報を持っているのかを知る事に意味はあるかもしれない。
「……それ、どこで聞いたんですか?」
「話してもいいけど、多分知らない方がいいだろうな」
「うわぁ……何に首突っ込んでるんすか」
 面倒を悟ったフィリクスは顔をしかめるも、続けて話を始める。
「まぁ、基本的には良くある方針の違いによる派閥分裂ですよ。どちらかと言うと現場や若い士官に武力解決を望む過激派が多くて、上層部や司令部は穏健派が多いみたいですね」
「現場が戦いたがるのか」
 若者は血気盛んで老人は保守的、という偏見は無いでもないが、実際には戦地に立ち命を落とす可能性のある兵士は戦闘を避けたがるのが道理だろう。
「そういう脳内物質でも出てるんじゃないですかね? 俺はまだ国境沿いとか危険な場所には出てないからわかんないですけど」
 フィリクスの言葉は、現役の軍属とは思えないほど気の抜けたものだった。
「他には……ああ、穏健派の陰謀の噂とかはありますけど」
「穏健派の陰謀? 過激派じゃなく?」
「ええ、上層部の穏健派が過激派の兵士を冷遇して昇進とかを阻んでるって話です。どこまで本当かは怪しいもんですけどね」
 フィリクスの語る噂とやらは、本当にどこにでもありそうな噂に過ぎなかった。やはりと言うべきか、人造魔剣の噂が一般兵士に漏れているという事はないらしい。
「ちなみに、お前はどっちの派閥なんだ?」
「俺ですか? 俺は静観派です。今のところ、どっちに付くのも面倒そうなので」
「……使えねぇ」
「なんでそうなるんすか!?」
 何ならフィリクスが過激派に所属して内部の噂などを拾っていれば、事がいい方向に転んだかもしれないが、どこまで行ってもフィリクスは普通の新人兵士だった。もっとも、俺としてもそれが一番賢明だとは思うが。
「じゃあ、他に面白そうな話とかないか?」
「そんな雑に振られても……あっ! そうだ、サラさんから聞いたんですけど、シモンさん例のホールギス兄妹の妹と戦ったらしいじゃないですか。しかも、一撃で勝ったとか」
 軍内部の話を聞いたはずが、なぜか話題が俺の元に戻って来てしまう。
「あくまであいつは魔剣使われだからな。剣士として強いわけではないだろ」
「いやいや、そうでもないみたいですよ。聞いたところでは、妹のクロナはローアンにいた頃には国の剣術大会で優勝した事もあるらしいですし」
「あいつらの話なんて、どこの誰がしてるんだ」
「軍でもよく話に出ますよ、ホールギス兄妹。世界平和維持協会なんてやってるのもそうですけど、とにかく経歴が派手ですから。クロナなんか、滅茶苦茶美人らしいですし。と言うか、シモンさんは会った事あるんですよね」
「……まぁ、そうだな」
 ホールギス兄妹との関係を語るつもりもないので、おざなりに頷いておく。
 しかし、完全に想定外の方向ではあるが、いくつか興味深い話も聞けた。クロナが剣士としても凄腕だという事、はどうでもいいとしても、ホールギス兄妹が以前にローアン中枢連邦にいたというのは初耳だった。それに、あの兄妹の軍内部での知名度がやたらと高いという事も。人造魔剣に迫る最中、その知名度が仇とならないといいが。
「どうでした、クロナ? やっぱり美人なんですか?」
「顔はな。ただし、とにかくうるさい」
「あー、それも聞いた事ありますね。後は、ものすごい少女趣味な服を着てるだとか」
「着てるな。アホほど似合わないのを着てる」
 話はクロナの特徴へと逸れていき、完全に雑談になってしまう。急ぎの用事ではないため構わないが、情報収集としてはまったく役には立たない会話だ。
「――あっ、そろそろ行かないとまずいっすね。他に何かあれば聞くだけ聞きますけど」
 少しの間だけ下らない雑談を続けるも、フィリクスがこの後の予定を思い出したらしく話を切り上げる。それでもなお質問を受けようとするのは、俺に対して律儀なのか、予定に対して不真面目なのか。
「そうだな……じゃあ、一つだけ」
 特に言うべき事はないが、フィリクスに言っておきたい事はあった。
「俺はこれからしばらくここを離れる。だから、今まで通りで構わないけど、たまにサラのところに顔を出してやってくれ」
 フィリクスは、俺の友人だ。それ以上でも以下でもないから、あえて俺の事情を語って聞かせるつもりはない。まずないとは思うが、軍属であるフィリクスを巻き込んでしまうような事は望むところではないし、逆に裏切られる可能性も、考えたくはないがゼロではない。
 だから、話せるところだけ話す。それでいつも通りに別れられれば、それだけでいい。
「シモンさんは、サラさんに過保護っすね。でも、そんな事頼んでいいんですか? 俺とサラさんがくっついちゃうかもしれませんよ?」
「別に俺のものじゃないからな。ただ、それはそれとして目の前でいちゃつかれるのは嫌だから、そうなったらお前を消す」
「うわぁ……なんて理不尽な」
 愚痴を口にしながら、フィリクスは自然と俺とすれ違い歩き去っていく。
 そうして、最後になるかもしれない友人との会話は終わった。
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