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Ⅰ ―魔剣『不可断』―
1-6 クロナ・ホールギス
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「ホールギス……なるほど、例の兄妹か」
クロナと名乗った女の姓に、思い出したのはつい先程のフィリクスとの会話だった。
ホールギス兄妹。世界平和を目指す『世界平和維持協会』とやらで活動している剣使の兄妹の噂など、俺には関係ないし関係なくあってほしいと思っていたのだが。
「知ってた? まぁ、あんまりナナロの馬鹿とセットにされるのは嫌なんだけど――」
「やっぱり、このくらいイカレてる奴が世界平和? とか言い出すのか」
世界平和を目指す兄妹なんてどれほどの変人かと思ったが、たしかに目の前の女の頭の具合ならばそのくらいは言い出してもおかしくはない。
「ほら来た! 一応言っておくと、それ考えたのはナナロの方で、私は一切そういうの興味ないからね!」
「勘弁してくれ……兄の方がこれよりヤバいとか」
「そこ、人をこれ呼ばわりしない。それに私はヤバくない」
相対的にそう思い込んでしまっているだけなのか、あるいは冗談なのか、クロナは真顔で俺を嗜める。
「それで、結局お前は何の用でここに来たんだ?」
とは言え、こいつと兄がいくらヤバかろうと俺には関係のない事だ。早く本題を終わらせてそのまま帰ってもらおう。
「お前じゃなくて、クロナって呼ぶように」
「それで、結局イカレ女は何の用でここに来たんだ?」
「なんで酷い方に方向転換するのかな、君は? というか、私が名乗ったんだから、君も名乗ってよ」
「できる限りあなたと関わりたくないので、名乗りません」
「なるほどね、そんなに私が嫌いか」
別に嫌っているわけではなく、ただ関わってはいけない類の人間だと認識しているだけだが、あえてそれを口にはしない。
「でも残念ながら、私はそこのサラちゃんが君の名前を呼んでるのを聞いちゃってるわけだよ。ねぇ、シ・モ・ン君?」
「うぜぇ」
つい本音が口から零れるが、後悔はしない。というか、話が進まない。
「サラ、これは何の用で来たんだ?」
よって、話相手を切り替える。
「いや……まぁ、なんていうか――」
「道場破り! 道場破りに来たの!」
しかし、サラが言葉に迷っている間に、クロナが割り込んで来てしまった。
「会話ができるなら、最初からしろ」
「私と会話してくれないのは、シモン君の方でしょ」
「お前のは会話じゃなくて無駄口だ。それで、道場破りってのは?」
本音と共に疑問を吐き出すと、女は待ってましたとばかりに話し始める。
「道場破りは道場破り。正確には剣術場破りだけど、まぁ、とにかく、強い剣術使いを倒してみようかなって」
「それで、サラに目を付けたって事か?」
「どっちかっていうとこの剣術場に、かな。リロス七大剣術場の一つだし、強い剣術使いがいるかも、って思って」
剣術場破りという行為自体が時代遅れ甚だしい事はともかく、女の言い分はなんとなくわかった。どこまで本気かは知らないが、理屈としては理解できない事もない。
「受けてやればいいんじゃないか? お前、戦うの好きだろ」
女の話に区切りが付いたところで、今度こそサラへと話を振る。
「いや、それだけなら別にいいんだけど……」
歯切れの悪いサラの視線の先には、剣術場奥に飾られた剣があった。
「この人、自分が勝ったらあの剣を持っていくって言うから」
当代の剣術場の主は、サラの義父であり、そこに置かれた剣も彼のものだ。そしてサラには、義父の所有物を勝手に賭けるほどの奔放さはない。
「ただ戦うだけじゃダメなのか?」
「だって、道場破りだし。勝ったらなにか貰ってかないとじゃない?」
クロナの言い分は良くわからないが、どうやらそれを曲げるつもりはないらしい。
「そう言えば、シモン君は結局ここの門下生なの? それとも、その子のアレ?」
「ああ、俺か」
名前は会話から聞き取れても、流石に関係性までは把握できないようで。適当に誤魔化してやってもいいが、ここは――
「俺はこの剣術場の当主だ」
堂々と嘘を吐く事にしよう。
「シモン!?」
「まぁ、ここはそういう事にしておいてくれ」
驚くサラの口を塞ぎ、クロナへと向き直る。
「いやいや、流石に目の前でそんな露骨にやられたら信じないよ?」
「別に体良く追い出すための嘘とかではない。というか、嘘でもいいだろ」
「嘘でもいいって――」
「俺が受ける」
元より、クロナと長々と会話を続けるつもりはない。ならば、先日と同じように力尽くで追い出すに限る。
「道場破りだか剣術場破りだか知らんけど、俺が受けてやる。それでいいだろ」
「……へぇ、いいの? 私、最強だよ?」
「それがわかってるなら、わざわざ戦いになんか来るなよ」
「ははっ、それは言えてるかも」
クロナは本当に、楽しそうに笑う。
それが、ほんの少しだけ俺の癪に触った。
クロナと名乗った女の姓に、思い出したのはつい先程のフィリクスとの会話だった。
ホールギス兄妹。世界平和を目指す『世界平和維持協会』とやらで活動している剣使の兄妹の噂など、俺には関係ないし関係なくあってほしいと思っていたのだが。
「知ってた? まぁ、あんまりナナロの馬鹿とセットにされるのは嫌なんだけど――」
「やっぱり、このくらいイカレてる奴が世界平和? とか言い出すのか」
世界平和を目指す兄妹なんてどれほどの変人かと思ったが、たしかに目の前の女の頭の具合ならばそのくらいは言い出してもおかしくはない。
「ほら来た! 一応言っておくと、それ考えたのはナナロの方で、私は一切そういうの興味ないからね!」
「勘弁してくれ……兄の方がこれよりヤバいとか」
「そこ、人をこれ呼ばわりしない。それに私はヤバくない」
相対的にそう思い込んでしまっているだけなのか、あるいは冗談なのか、クロナは真顔で俺を嗜める。
「それで、結局お前は何の用でここに来たんだ?」
とは言え、こいつと兄がいくらヤバかろうと俺には関係のない事だ。早く本題を終わらせてそのまま帰ってもらおう。
「お前じゃなくて、クロナって呼ぶように」
「それで、結局イカレ女は何の用でここに来たんだ?」
「なんで酷い方に方向転換するのかな、君は? というか、私が名乗ったんだから、君も名乗ってよ」
「できる限りあなたと関わりたくないので、名乗りません」
「なるほどね、そんなに私が嫌いか」
別に嫌っているわけではなく、ただ関わってはいけない類の人間だと認識しているだけだが、あえてそれを口にはしない。
「でも残念ながら、私はそこのサラちゃんが君の名前を呼んでるのを聞いちゃってるわけだよ。ねぇ、シ・モ・ン君?」
「うぜぇ」
つい本音が口から零れるが、後悔はしない。というか、話が進まない。
「サラ、これは何の用で来たんだ?」
よって、話相手を切り替える。
「いや……まぁ、なんていうか――」
「道場破り! 道場破りに来たの!」
しかし、サラが言葉に迷っている間に、クロナが割り込んで来てしまった。
「会話ができるなら、最初からしろ」
「私と会話してくれないのは、シモン君の方でしょ」
「お前のは会話じゃなくて無駄口だ。それで、道場破りってのは?」
本音と共に疑問を吐き出すと、女は待ってましたとばかりに話し始める。
「道場破りは道場破り。正確には剣術場破りだけど、まぁ、とにかく、強い剣術使いを倒してみようかなって」
「それで、サラに目を付けたって事か?」
「どっちかっていうとこの剣術場に、かな。リロス七大剣術場の一つだし、強い剣術使いがいるかも、って思って」
剣術場破りという行為自体が時代遅れ甚だしい事はともかく、女の言い分はなんとなくわかった。どこまで本気かは知らないが、理屈としては理解できない事もない。
「受けてやればいいんじゃないか? お前、戦うの好きだろ」
女の話に区切りが付いたところで、今度こそサラへと話を振る。
「いや、それだけなら別にいいんだけど……」
歯切れの悪いサラの視線の先には、剣術場奥に飾られた剣があった。
「この人、自分が勝ったらあの剣を持っていくって言うから」
当代の剣術場の主は、サラの義父であり、そこに置かれた剣も彼のものだ。そしてサラには、義父の所有物を勝手に賭けるほどの奔放さはない。
「ただ戦うだけじゃダメなのか?」
「だって、道場破りだし。勝ったらなにか貰ってかないとじゃない?」
クロナの言い分は良くわからないが、どうやらそれを曲げるつもりはないらしい。
「そう言えば、シモン君は結局ここの門下生なの? それとも、その子のアレ?」
「ああ、俺か」
名前は会話から聞き取れても、流石に関係性までは把握できないようで。適当に誤魔化してやってもいいが、ここは――
「俺はこの剣術場の当主だ」
堂々と嘘を吐く事にしよう。
「シモン!?」
「まぁ、ここはそういう事にしておいてくれ」
驚くサラの口を塞ぎ、クロナへと向き直る。
「いやいや、流石に目の前でそんな露骨にやられたら信じないよ?」
「別に体良く追い出すための嘘とかではない。というか、嘘でもいいだろ」
「嘘でもいいって――」
「俺が受ける」
元より、クロナと長々と会話を続けるつもりはない。ならば、先日と同じように力尽くで追い出すに限る。
「道場破りだか剣術場破りだか知らんけど、俺が受けてやる。それでいいだろ」
「……へぇ、いいの? 私、最強だよ?」
「それがわかってるなら、わざわざ戦いになんか来るなよ」
「ははっ、それは言えてるかも」
クロナは本当に、楽しそうに笑う。
それが、ほんの少しだけ俺の癪に触った。
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