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三章 傀儡
3-5 『龍殺し』の決闘
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「шаф」
詠唱は、半自動的だった。
風の弾丸の射出と同時に、身体が前へと跳ぶ。弾丸はアトラスの詠唱により宙空で弾けるも、その間に俺は指輪の魔術紋様を喚起。低威力の爆風を目眩ましに、更に詠唱と指輪からの風の刃を叩き込む。
そして、それら全ては陽動に過ぎない。
「――っ」
すれ違い際の短剣での一撃は、肉を裂くより先に硬質の感触に阻まれる。反動で短剣を取り落としながら、空いた右手を伸ばし――引き戻す。
「……なるほど、それならここで君を倒そう」
対話の言葉は余裕の現れか。アトラスは詠唱を放棄し、俺の出方を伺っていた。
そして、それを油断と言い切れないほどにアトラスは強い。近距離からの魔術の連撃、指輪により手数を増やしたそれを難なく跳ね除け、懐に仕込んでいた短剣での近接攻撃を防いだ挙句、エスの奪還に伸ばした手への対処までをアトラスは一瞬で行っていた。指輪に伝わる衝撃を受けて手を引いたおかげで右手はかすり傷で済んだが、中指の指輪、爆発魔術の紋様が刻まれたそれは破損。もう使い物にはならないだろう。
そこまでの思考は、だが行動とは完全に切り離されていた。
第一種魔術師を志す者は、詠唱技能の習得と同時に、あらゆる状況で反射的に詠唱を紡げるよう、思考と行動、そして感情を切り離すための訓練を受ける。冷静に状況判断を行う裏で、俺の身体は刃として動いていた。
「やめて、ルイン! アトラスも!」
「кк」
ティアの制止の声も無視し、口をついたのは水弾の魔術詠唱。圧縮された水の弾丸はアトラスの詠唱とそれにより発生した何らかの魔術現象により、身体に届く手前で弾ける。
だが、それは当然想定内。本命は指輪から発生させた空気の弾丸、狙いは足首だ。
同時に距離を詰めていた俺の視線の先で、しかしアトラスの体勢は崩れない。水弾と空気弾を防いだ魔術の正体は不明、だが動揺するよりも先に更に詠唱を紡ぐ。
「шаффоф」
発生した魔術現象は暴風。密度の低い代わりに広範囲に及ぶ風の暴力を至近距離で受けながら、アトラスは髪すら揺らす事なくその場に平然と立っていた。
もちろん、そこまでも予想通りだ。
アトラスの扱う魔術の正体こそいまだ突き止める事はできていないが、その性質を推測する事はできる。
詠唱は単節の長さ。ただし、ところどころに多重詠唱の技能が用いられたそれは、俺の知るどの魔術とも違い、また俺の技術で再現する事はできない。
そして、それにより発生する魔術現象は透明で強固な物質、おそらくは結晶の生成だ。
それが限りなく不可視であるために視覚的には不可思議に映るが、水弾、空気弾、そして爆風の防がれ方や短剣の弾かれた感触、そして以前のアトラスのクロナとの戦闘を鑑みるにその推測が最も自然で納得できる。
物理的な盾の破り方は二通りある。破壊、そして迂回だ。
零距離まで詰め寄った俺の手には予備の短剣。両手で握ったそれを、今度は斬りつけるのではなく体重と前進の速度を乗せた突きに使う。
「――――――」
アトラスの詠唱が、不可視の盾を生成。いや、この距離からでは微かに盾により光が反射し屈折するのが視認できる。伸ばした腕の先、透明の盾にわずかに傷がつくのも。
だが、破壊はそこまで。手には衝撃による痺れと痛み、短剣は先が欠け、傷ついた盾は依然としてその場に残る。
「шаф」
だが、それも想定内。本命は迂回、アトラスの背後から飛来する短剣だ。一度目の接触で取り落としたそれは、不可視の盾の横を抜けた風に乗せる事により、死角からアトラスを襲う刃へと変わっていた。
刃は腹部を貫通、そして鮮血が舞う。
「ルイン!」
叫び声が呼んだのは、崩れ落ちる者の名前。視線を下げると、傷口から滴り落ちる朱が腹部を貫いた透明な刃の形を浮かび上がらせていた。
甘かった。アトラスの魔術が不可視の盾を生成するのであれば、不可視の剣を作り上げる事も可能だと考えるのが道理。そもそも、似たような手段でクロナが殺される瞬間を俺は目の当たりにしていたというのに。
「悪くはなかったよ。ただ、相手が悪かった」
全身の力が抜け、視界が薄れ行く中、倒れ伏した俺の視界の先には床に転がる短剣。アトラスの不可視の盾は、背後からの不意打ちにすら完全に対応していた。
「君の処遇については……いや、それは僕が考える事じゃないか」
不穏な言葉が頭上から降ってくるも、身体には抵抗する力が残っていない。口元に布を詰め込むように巻かれ、腕を縛り上げられた時には俺の意識はすでにほぼ失われていた。
詠唱は、半自動的だった。
風の弾丸の射出と同時に、身体が前へと跳ぶ。弾丸はアトラスの詠唱により宙空で弾けるも、その間に俺は指輪の魔術紋様を喚起。低威力の爆風を目眩ましに、更に詠唱と指輪からの風の刃を叩き込む。
そして、それら全ては陽動に過ぎない。
「――っ」
すれ違い際の短剣での一撃は、肉を裂くより先に硬質の感触に阻まれる。反動で短剣を取り落としながら、空いた右手を伸ばし――引き戻す。
「……なるほど、それならここで君を倒そう」
対話の言葉は余裕の現れか。アトラスは詠唱を放棄し、俺の出方を伺っていた。
そして、それを油断と言い切れないほどにアトラスは強い。近距離からの魔術の連撃、指輪により手数を増やしたそれを難なく跳ね除け、懐に仕込んでいた短剣での近接攻撃を防いだ挙句、エスの奪還に伸ばした手への対処までをアトラスは一瞬で行っていた。指輪に伝わる衝撃を受けて手を引いたおかげで右手はかすり傷で済んだが、中指の指輪、爆発魔術の紋様が刻まれたそれは破損。もう使い物にはならないだろう。
そこまでの思考は、だが行動とは完全に切り離されていた。
第一種魔術師を志す者は、詠唱技能の習得と同時に、あらゆる状況で反射的に詠唱を紡げるよう、思考と行動、そして感情を切り離すための訓練を受ける。冷静に状況判断を行う裏で、俺の身体は刃として動いていた。
「やめて、ルイン! アトラスも!」
「кк」
ティアの制止の声も無視し、口をついたのは水弾の魔術詠唱。圧縮された水の弾丸はアトラスの詠唱とそれにより発生した何らかの魔術現象により、身体に届く手前で弾ける。
だが、それは当然想定内。本命は指輪から発生させた空気の弾丸、狙いは足首だ。
同時に距離を詰めていた俺の視線の先で、しかしアトラスの体勢は崩れない。水弾と空気弾を防いだ魔術の正体は不明、だが動揺するよりも先に更に詠唱を紡ぐ。
「шаффоф」
発生した魔術現象は暴風。密度の低い代わりに広範囲に及ぶ風の暴力を至近距離で受けながら、アトラスは髪すら揺らす事なくその場に平然と立っていた。
もちろん、そこまでも予想通りだ。
アトラスの扱う魔術の正体こそいまだ突き止める事はできていないが、その性質を推測する事はできる。
詠唱は単節の長さ。ただし、ところどころに多重詠唱の技能が用いられたそれは、俺の知るどの魔術とも違い、また俺の技術で再現する事はできない。
そして、それにより発生する魔術現象は透明で強固な物質、おそらくは結晶の生成だ。
それが限りなく不可視であるために視覚的には不可思議に映るが、水弾、空気弾、そして爆風の防がれ方や短剣の弾かれた感触、そして以前のアトラスのクロナとの戦闘を鑑みるにその推測が最も自然で納得できる。
物理的な盾の破り方は二通りある。破壊、そして迂回だ。
零距離まで詰め寄った俺の手には予備の短剣。両手で握ったそれを、今度は斬りつけるのではなく体重と前進の速度を乗せた突きに使う。
「――――――」
アトラスの詠唱が、不可視の盾を生成。いや、この距離からでは微かに盾により光が反射し屈折するのが視認できる。伸ばした腕の先、透明の盾にわずかに傷がつくのも。
だが、破壊はそこまで。手には衝撃による痺れと痛み、短剣は先が欠け、傷ついた盾は依然としてその場に残る。
「шаф」
だが、それも想定内。本命は迂回、アトラスの背後から飛来する短剣だ。一度目の接触で取り落としたそれは、不可視の盾の横を抜けた風に乗せる事により、死角からアトラスを襲う刃へと変わっていた。
刃は腹部を貫通、そして鮮血が舞う。
「ルイン!」
叫び声が呼んだのは、崩れ落ちる者の名前。視線を下げると、傷口から滴り落ちる朱が腹部を貫いた透明な刃の形を浮かび上がらせていた。
甘かった。アトラスの魔術が不可視の盾を生成するのであれば、不可視の剣を作り上げる事も可能だと考えるのが道理。そもそも、似たような手段でクロナが殺される瞬間を俺は目の当たりにしていたというのに。
「悪くはなかったよ。ただ、相手が悪かった」
全身の力が抜け、視界が薄れ行く中、倒れ伏した俺の視界の先には床に転がる短剣。アトラスの不可視の盾は、背後からの不意打ちにすら完全に対応していた。
「君の処遇については……いや、それは僕が考える事じゃないか」
不穏な言葉が頭上から降ってくるも、身体には抵抗する力が残っていない。口元に布を詰め込むように巻かれ、腕を縛り上げられた時には俺の意識はすでにほぼ失われていた。
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