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二章 狂信者
2-4 第一種魔術師 クロナ
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「……まぁ、お察しの通り、私は『神の器』の信徒ではありません」
観測された亜人の討伐終了を告げる妙に牧歌的な音楽が鳴り止んだ後、俺達はクロナと公園の一角で膝を突き合わせて会話をする羽目になっていた。クロナ曰く、彼女が倒した亜人は俺を襲おうとしていたものを含めて四体だとの事で、それにエスが倒した二体を足した六体を十三から引いた残り七体は、警備隊や民間の魔術師が片付けたのだろう。
「そうじゃなければ『殻の異形』を殺したりしないだろうな」
そして、この場所でのクロナの行動と言動は俺から見て一致していた。『殻の異形』を信仰する『神の器』の信徒が、その一種である亜人をこうも躊躇無く殺す事などできるだろうか。もちろん、『神の器』の信徒にも根本までどっぷり浸かった者から利益目的や勢いだけの者など色々といるだろうが、その教義に反した人間、具体的には俺を殺そうとまでした狂信者が、自ら教義を侵すはずはない。
とは言え、そうなると自ずと別の疑問が浮かんでくる。
「だが、どうして俺を殺そうとした?」
『神の器』の信徒として、教義に反した龍殺しを殺す。クロナの語ったその言葉が嘘だったとしても、実際に彼女が俺へと魔術を放った事実に変わりはない。理由もなく行える行動でもない以上、消えた理由には代わりが必要だ。
「殺すつもりはありませんでした。死にそうだと思ったなら、私があなたを買い被りすぎていたという事になります。申し訳ありません」
「……なんか、煽ってない?」
「いいえ、そんな事は。あなたこそ、命の恩人に対して態度が大きくありませんか?」
「殺されかけた分で相殺だ。と言うか、あのままでも死にはしなかった」
「はっ……」
俺の言葉を不敵な冷笑で流すクロナは、完全にこちらに喧嘩を売っていた。
どうにも、この女は俺が思っていた人格とは大分異なるらしい。『神の器』の肩書はともかく、態度の方は前のままでいてくれた方がありがたかったのだが。
「私は情報を一つ話しました。次はあなたの方です」
「俺?」
「ええ。そうは言っても、これも察するに余りあると言ったところですが」
そこで、クロナの次の言葉は予想できた。
「あなたの方も嘘でしょう。龍殺し、なんて肩書は――」
「俺は正真正銘の龍殺しだ」
とは言え、その嘘は吐き通す必要がある。それがエスとの約束だ。
「……なにも、私はあなたを貶めようというのではありません。過日の遺物の力を含めてとはいえ、亜人を複数体屠るほどの力は十分に上位の魔術師と言えるでしょう」
クロナの言葉には勘違いも含まれていたが、同時に指輪の紋様魔術を引き出す過日の遺物の性質について的確に見抜く鋭さもあった。
「ただ、あなたはその肩書について勘違いをしている」
そして、続いた言葉は否応無しに俺の興味を駆り立てるものだった。
「勘違い?」
「ええ。そもそも、本当の意味で龍殺しと言えるのは、現在世界に三人しかいない」
「勘違いしてるのはそっちじゃないのか? それはこのE-13区画だけの人数だ」
相手の会話のペースに乗っているのは自覚していたが、だからといって今更全て聞かなかった事にできるほど俺は好奇心が死んではいなかった。
「いいえ。そうですね、例えば、アトラスは龍殺しではないと言えばわかりますか」
「……どういう事だ?」
「言葉の通りの意味です。彼は龍を殺してなどいない。ただ、その肩書を与えられただけの作られた龍殺しに過ぎないのです」
「…………」
思わず視線でエスに問いかけるも、どうやら以心伝心とはいかないようで、その横顔は全くの無反応。とは言え、この期に及んで口を挟んで来ない事から、エスとアトラスの間に俺達と同じような関係があったとは考えにくい。
「その話が本当だとしたら、誰がアトラスを龍殺しに祭り上げたっていうんだ?」
「あまり察しも良くないようですね」
「これでわかったら、察しというより未来予知だよ」
「『神の器』」
余計な軽口に応戦していると、俺の隣の未来予知能力者が口を開いた。
「……その通りです。だから、私は『神の器』を名乗る事で、ルインさんと彼らの関与をたしかめようと考えた」
同じく呆気に取られた様子のクロナはそこまで早口に捲し立てると、俺からエスへと視線の矛先を変えた。
「あるいは、あなたがルインさんに龍殺しを名乗らせた張本人ですか?」
「あなたも察しが良くはないわね。私は、ただの同業者」
いきなり真実を見抜かれながら、エスは動揺する素振りも見せずに嘘を吐く。
「だとしたら、もう少し驚くべきでは? 仮にもお仲間の詐称ですよ」
ただ、この場面ではむしろその冷静さが仇となっていた。幸い、クロナにはエスが亜人を倒す瞬間を見られてはいなかったようだが、張本人である俺でも動揺を隠せない状況で平然と口を挟んでくる奴をただの同業者で通すのは少しばかり無理がある。
「…………」
案の定、問い詰められて器用に躱す口先の技術など持ち合わせていなかったようで、無表情の目線で俺への応援を要請してくる始末。
「だから、詐称じゃない。それより、どうして『神の器』がアトラスに龍殺しを名乗らせる必要がある?」
「話を遮らないでください。今は、そちらの方についての話です」
「それを言うなら、まだその前の話も途中だっただろうが」
「……わかりました、では簡潔に」
誤魔化せた、とはとても言えないが、一応時間を稼ぐ事には成功したらしい。今の内にそれらしい嘘を考えるか、それ以外の策を考えるしかない。
「わかりません。以上です」
「は?」
しかし、クロナの口にしたのは予想外の言葉だった。
「ですから、わかりません。それでは、ルインさんとそちらの方……いえ、まずは名前をお聞かせいただきましょうか」
「待て、待て、わからないで済むか」
「そう言われましても、わからないものはわかりません」
「それなら、理由じゃなくて方法でもいい」
時間稼ぎの意味もあるが、クロナの話に興味があるというのも本当だった。よりにもよって『殻の異形』を崇拝し信仰する『神の器』が龍殺しを、例えそれが偽称であったとしても作り出そうとする理由、あるいは手段は少なくとも俺には思い当たらない。
「随分と我儘ですね。情報は交互に話すと言ったでしょう」
「わからない、は情報にならないと思うんだが」
「無知の知、という言葉をご存知ないと?」
「お前の用法が間違っている、という事くらいは存じてる」
「……やれやれ。まぁ、私の方はすでに情報を隠しておく理由はないのですが」
譲歩するような素振りが気に喰わないが、話を止めたくないので黙っておく。
「理由は本当にわからないし知りません。ただ、『神の器』はアトラスと――」
ようやく語り始めたクロナの口は、だが今度は物理的に言葉を止める。代わりに紡がれたのは詠唱、発生した魔術現象は――
「っ、кулранг」
空から降る結晶の雨を躱すべく、爆風に乗った跳躍で距離を取る。意外にも反応の遅れていたエスの身体を半ば転がりながら掴み、腕の中に抱いて地面を滑る。
「……っ、冗談きついな」
無意識に俺の口から零れた呟きは、何に対してのものか。一瞬の詠唱で巨大な氷の壁を生み出したクロナの魔術か、あるいはそれを事もなげに貫いてみせた無数の結晶の弾丸か。
「あれは?」
俺の腕の中、どこまでも冷静に宙を指差し問うエスが、今はいつになく滑稽に見えた。
「あれがアトラスだ。龍殺しかどうかは、知らないけどな」
観測された亜人の討伐終了を告げる妙に牧歌的な音楽が鳴り止んだ後、俺達はクロナと公園の一角で膝を突き合わせて会話をする羽目になっていた。クロナ曰く、彼女が倒した亜人は俺を襲おうとしていたものを含めて四体だとの事で、それにエスが倒した二体を足した六体を十三から引いた残り七体は、警備隊や民間の魔術師が片付けたのだろう。
「そうじゃなければ『殻の異形』を殺したりしないだろうな」
そして、この場所でのクロナの行動と言動は俺から見て一致していた。『殻の異形』を信仰する『神の器』の信徒が、その一種である亜人をこうも躊躇無く殺す事などできるだろうか。もちろん、『神の器』の信徒にも根本までどっぷり浸かった者から利益目的や勢いだけの者など色々といるだろうが、その教義に反した人間、具体的には俺を殺そうとまでした狂信者が、自ら教義を侵すはずはない。
とは言え、そうなると自ずと別の疑問が浮かんでくる。
「だが、どうして俺を殺そうとした?」
『神の器』の信徒として、教義に反した龍殺しを殺す。クロナの語ったその言葉が嘘だったとしても、実際に彼女が俺へと魔術を放った事実に変わりはない。理由もなく行える行動でもない以上、消えた理由には代わりが必要だ。
「殺すつもりはありませんでした。死にそうだと思ったなら、私があなたを買い被りすぎていたという事になります。申し訳ありません」
「……なんか、煽ってない?」
「いいえ、そんな事は。あなたこそ、命の恩人に対して態度が大きくありませんか?」
「殺されかけた分で相殺だ。と言うか、あのままでも死にはしなかった」
「はっ……」
俺の言葉を不敵な冷笑で流すクロナは、完全にこちらに喧嘩を売っていた。
どうにも、この女は俺が思っていた人格とは大分異なるらしい。『神の器』の肩書はともかく、態度の方は前のままでいてくれた方がありがたかったのだが。
「私は情報を一つ話しました。次はあなたの方です」
「俺?」
「ええ。そうは言っても、これも察するに余りあると言ったところですが」
そこで、クロナの次の言葉は予想できた。
「あなたの方も嘘でしょう。龍殺し、なんて肩書は――」
「俺は正真正銘の龍殺しだ」
とは言え、その嘘は吐き通す必要がある。それがエスとの約束だ。
「……なにも、私はあなたを貶めようというのではありません。過日の遺物の力を含めてとはいえ、亜人を複数体屠るほどの力は十分に上位の魔術師と言えるでしょう」
クロナの言葉には勘違いも含まれていたが、同時に指輪の紋様魔術を引き出す過日の遺物の性質について的確に見抜く鋭さもあった。
「ただ、あなたはその肩書について勘違いをしている」
そして、続いた言葉は否応無しに俺の興味を駆り立てるものだった。
「勘違い?」
「ええ。そもそも、本当の意味で龍殺しと言えるのは、現在世界に三人しかいない」
「勘違いしてるのはそっちじゃないのか? それはこのE-13区画だけの人数だ」
相手の会話のペースに乗っているのは自覚していたが、だからといって今更全て聞かなかった事にできるほど俺は好奇心が死んではいなかった。
「いいえ。そうですね、例えば、アトラスは龍殺しではないと言えばわかりますか」
「……どういう事だ?」
「言葉の通りの意味です。彼は龍を殺してなどいない。ただ、その肩書を与えられただけの作られた龍殺しに過ぎないのです」
「…………」
思わず視線でエスに問いかけるも、どうやら以心伝心とはいかないようで、その横顔は全くの無反応。とは言え、この期に及んで口を挟んで来ない事から、エスとアトラスの間に俺達と同じような関係があったとは考えにくい。
「その話が本当だとしたら、誰がアトラスを龍殺しに祭り上げたっていうんだ?」
「あまり察しも良くないようですね」
「これでわかったら、察しというより未来予知だよ」
「『神の器』」
余計な軽口に応戦していると、俺の隣の未来予知能力者が口を開いた。
「……その通りです。だから、私は『神の器』を名乗る事で、ルインさんと彼らの関与をたしかめようと考えた」
同じく呆気に取られた様子のクロナはそこまで早口に捲し立てると、俺からエスへと視線の矛先を変えた。
「あるいは、あなたがルインさんに龍殺しを名乗らせた張本人ですか?」
「あなたも察しが良くはないわね。私は、ただの同業者」
いきなり真実を見抜かれながら、エスは動揺する素振りも見せずに嘘を吐く。
「だとしたら、もう少し驚くべきでは? 仮にもお仲間の詐称ですよ」
ただ、この場面ではむしろその冷静さが仇となっていた。幸い、クロナにはエスが亜人を倒す瞬間を見られてはいなかったようだが、張本人である俺でも動揺を隠せない状況で平然と口を挟んでくる奴をただの同業者で通すのは少しばかり無理がある。
「…………」
案の定、問い詰められて器用に躱す口先の技術など持ち合わせていなかったようで、無表情の目線で俺への応援を要請してくる始末。
「だから、詐称じゃない。それより、どうして『神の器』がアトラスに龍殺しを名乗らせる必要がある?」
「話を遮らないでください。今は、そちらの方についての話です」
「それを言うなら、まだその前の話も途中だっただろうが」
「……わかりました、では簡潔に」
誤魔化せた、とはとても言えないが、一応時間を稼ぐ事には成功したらしい。今の内にそれらしい嘘を考えるか、それ以外の策を考えるしかない。
「わかりません。以上です」
「は?」
しかし、クロナの口にしたのは予想外の言葉だった。
「ですから、わかりません。それでは、ルインさんとそちらの方……いえ、まずは名前をお聞かせいただきましょうか」
「待て、待て、わからないで済むか」
「そう言われましても、わからないものはわかりません」
「それなら、理由じゃなくて方法でもいい」
時間稼ぎの意味もあるが、クロナの話に興味があるというのも本当だった。よりにもよって『殻の異形』を崇拝し信仰する『神の器』が龍殺しを、例えそれが偽称であったとしても作り出そうとする理由、あるいは手段は少なくとも俺には思い当たらない。
「随分と我儘ですね。情報は交互に話すと言ったでしょう」
「わからない、は情報にならないと思うんだが」
「無知の知、という言葉をご存知ないと?」
「お前の用法が間違っている、という事くらいは存じてる」
「……やれやれ。まぁ、私の方はすでに情報を隠しておく理由はないのですが」
譲歩するような素振りが気に喰わないが、話を止めたくないので黙っておく。
「理由は本当にわからないし知りません。ただ、『神の器』はアトラスと――」
ようやく語り始めたクロナの口は、だが今度は物理的に言葉を止める。代わりに紡がれたのは詠唱、発生した魔術現象は――
「っ、кулранг」
空から降る結晶の雨を躱すべく、爆風に乗った跳躍で距離を取る。意外にも反応の遅れていたエスの身体を半ば転がりながら掴み、腕の中に抱いて地面を滑る。
「……っ、冗談きついな」
無意識に俺の口から零れた呟きは、何に対してのものか。一瞬の詠唱で巨大な氷の壁を生み出したクロナの魔術か、あるいはそれを事もなげに貫いてみせた無数の結晶の弾丸か。
「あれは?」
俺の腕の中、どこまでも冷静に宙を指差し問うエスが、今はいつになく滑稽に見えた。
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