『龍殺し』の嘘と罪

玄城 克博

文字の大きさ
上 下
6 / 34
一章 龍殺し

1-5 統一魔術学舎教職長 ヒース

しおりを挟む
 統一魔術学舎は、いわゆる後期教育過程、分化教育を施すための機関の一つであり、その名の通り魔術師を作るために必要なものを全て揃えた巨大な機関だ。
『殻の異形』による最初の大侵攻、人類と文明の大半が滅び、辛うじて残った人間が生き残るために世界統一政府を築き上げた時から、世界はそれ以前とは大きく様変わりしたと言われている。そしてその変化の内の一つには、教育制度も含まれている。
 統一政府の制定では、全ての子供は出生以後、まず前期教育過程に送られる。そこで規則や言語、思想教育や理論的思考等の生活を送るために必要な基礎教育を受けた後、適性と希望から数十種類に分化された後期教育過程へと配分されていく。
 そして、後期教育過程の中でも魔術過程、特に第一種魔術師過程は一、二を争うほど適性の必要とされる難関であり、同時にその学舎は最も充実した教育施設でもある。
 学舎には幼年期を終えて入ってきたばかりの者から最終過程まで、全ての学生が暮らすための広大な宿舎と彼らが授業を受ける講義室の数々はもちろん、外と比べて遜色のない種類の飲食所から、各種娯楽用品店に趣味用品店、その他おおよそ考えつく限りでは大抵のものが揃った一種の街と化している。学舎の物価が特別に低く設定されている事を考慮すればむしろ外よりも充実しているくらいで、そのために学舎の職員を志す者や、果ては教育過程を限界まで引き伸ばす学生すら常に一定数いるという。
「どうも、ルインくん……と、ティアさん、でよろしかったでしょうか」
 昼食を終えた流れで適当に学舎内の店を見て回っていると、偶然にも知人、と呼ぶべきかどうかも曖昧な相手から名前を呼ばれた。
「どうも、教職長」
 親しくもない間柄、しかも教職長という立場のヒースとの会話は正直なところ面倒ではあるが、真正面からの呼び掛けを無視するわけにもいかないため返事を返す。
「ああ、そう構えなくても大丈夫ですよ。宿舎の件は問題なく処理が終わりましたし、用件ではなくただの挨拶です。それに、お二人の邪魔をするつもりもありませんしね」
 しかし、挨拶だけという言葉の通り、そのままヒースは薄い笑みだけを浮かべると入れ違うように俺達の来た方向へと歩き去っていった。彼は俺との接点を求めているのかと思っていたが、強引な手段を嫌ったのか、それとも単に暇がなかったのか。
「ルイン、あいつは?」
 ヒースが去って少し経ったところで、隣から小さく問いが聞こえた。
「え? ヒース教職長、この学舎の教職長ですけど、知らなかったんですか?」
「いえ、知ってるわ。そうじゃなくて、あなたとの関係は?」
「特に関係と言うほどのものは。宿舎を出る手続きを手伝ってもらったくらいですかね」
 予想外の無知をからかってやろうかとの思いは、ティアの妙に真剣な声色と目に掻き消され、俺は正直に事実をそのまま口にしていた。
「……そう。でも、あいつには気を付けて」
「気を付けて、って。ティアさんこそ、教職長と何か関係でもあるんですか?」
「関係はないわ。ただ……そう、悪い噂を聞いた事があって」
 短く口淀んだのは、わかりやすい嘘の兆しだ。追求するのも一つの手だろうが、今はその噂とやらについて続けようとするティアを止めない事にした。
「アトラスの豹変について聞いた事はあるでしょう? それに、ヒース教職長が一枚噛んでるらしいって話なんだけれど」
「あの龍殺しが?」
 このE-13区画には俺を含めて公式で三人の龍殺しがいる。その内の一人、アトラスは幼い頃から天才として知られた魔術師であり、今では年齢から最前線を退いたライカンロープよりも上、E-13区画で最強の第一種魔術師と推す声も大きい俊英だ。
 ただし、アトラスには龍殺しの認定を受ける前後から、その素性に対して妙な噂が付き纏うようになっていた。実際、現在のアトラスは表にはほとんど姿を現さず、一説では対統一政府を目論む団体の一員となったとの憶測もあるくらいだ。
「そう。あなたも今はその龍殺しだから、もしかしたら、と思ったの」
「そうですね。気には留めておきます」
 ティアの言う噂が真実だと決まったわけではないが、状況証拠だけは整っている。ヒースが俺に接近して来たのは龍殺しの称号を受け取って以降であり、そして何よりアトラスがこの学舎の出身である以上、俺が彼と同じ道を辿っている可能性は否定できない。
「でも、ティアさんが俺の心配をしてくれるなんて意外でしたね」
「普段なら、あなたに心配なんて必要ないとわかっているわ。ただ、彼、アトラスが丸め込まれたなら、ルインも問題ないとは限らないと思って」
 茶化すように話題を終えようとするも、俺の思惑とは違いティアの口調は真剣なままだった。ただの噂に対する反応としては、やはり少し過剰だろう。
「次の講義が三番棟だから、私はそろそろ行くのだわ」
 しかし、そこを掘り下げるには、時間と、おそらく距離が足りなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愚者による愚行と愚策の結果……《完結》

アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。 それが転落の始まり……ではなかった。 本当の愚者は誰だったのか。 誰を相手にしていたのか。 後悔は……してもし足りない。 全13話 ‪☆他社でも公開します

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

終了し強制力の無くなった乙女ゲームの世界の悪役令嬢のその後…

クロノス
恋愛
私はよくある異世界に転生した元日本人で社会人だった。仕事の帰り道によくあるトラック事故にて呆気なく死んでしまった/(-_-)\ まさかの転生先が前世で何度もプレーする程大好きだった乙女ゲームの中の悪役令嬢になっていた。 私の前世の推しである悪役令嬢になるなんて~ 攻略対象者?ヒロイン?知りません! って思ってたらヒロインめちゃくちゃウザイし攻略対象者もめちゃくちゃウザイ… 強制力やっぱりあるし( ・᷄ὢ・᷅ ) 強制力あっても何とか逞しく乗り切ろうとする悪役令嬢に転生した私の物語 女神の愛し子の私に冤罪って… って何故かどんどん話のスケールがでかくなってませんか!? ゆるふわ設定です! 頭をラフにしてお読み下さい(*^^*)

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

処理中です...