『龍殺し』の嘘と罪

玄城 克博

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一章 龍殺し

1-4 統一魔術学舎

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「――つまり、この魔術における要点は第三節の発音にある。『яшил』ならば速度の上昇、『ямяшил』であれば容積の増加が見込める事までは確定しているが、その他にも不確定現象の報告はいくつか上がっていて――」
 魔術師に必要な事の第一は、まず勉強、そして反復練習だ。
 もちろん声紋適性や詠唱技能には才能も大きく影響し、多重詠唱のような特殊技能に限らず得意な魔術系統や、そもそも魔術詠唱自体の適性まで個人差はあるが、魔術現象が詠唱を引き金にする以上、まずその詠唱を完璧に暗記しなければ、いくら適性があろうと魔術を扱う事など理屈として不可能だ。
 ゆえに、俺は今日も教職の語る内容を聞きながら、教本を眺めて使えそうな部分に印を付ける地道な作業を行っていた。
 突然の襲撃から一夜が明けた今日、午前中からの俺の行動は学舎への短い道のりを歩いた以外は全くと言っていいほど普段通りのものだった。宿舎を出たとは言え、いまだに魔術学舎の学生である俺が一日の大部分を学舎内で過ごす事には代わりはない。
「……って、なんであなたがここにいるの?」
「なんで、と言われても。学舎は辞めないって言ったじゃないですか」
「それは嬉しいけれど……い、いや、そうじゃなくって!」
 講義の邪魔にならないよう、器用に声量を抑えて慌ててみせるのは、同じ講義を受けていたティアだった。余程集中していたのか、講義時間も終盤になった今にようやく隣に座る俺の存在に気付いたらしい。
「ルインは短節の魔術が専門でしょ、長節魔術の授業を受けるなんておかしいもの」
「使うかどうかはともかく、俺だって授業の一つくらい受けますよ」
「嘘なのだわ!」
「なんで断言できるんですか」
「それは……いえ、特に理由はないけれど」
 勢いの良い主張は、根拠を失った事で止まった。
 とは言え、実のところティアの発言は的外れなものというわけでもない。
 声を媒介とする詠唱魔術において、俺が扱うのは短節と呼ばれるごく短い詠唱がほとんどで、更に言えば単節、一節限りの魔術がその内の大半を占める。戦闘中に長々と詠唱を行うのは自ら隙を晒すようなものであり、そもそも単節の魔術現象だけでも人を行動不能にするには十分過ぎるというのが、俺の一応の主張だ。
「……そうよね。たしかに、ルインは龍殺しだもの。使わなかっただけで、長節魔術も使えたはずなのだわ」
 ただし、龍を始めとする『殻の異形』、強固な外殻と肉体を持つ人類の天敵を相手にする場合は、単節魔術は基本的に牽制程度にしかならない。よって、対『殻の異形』の専門家である第一種魔術師は、大抵が中節から長節の大規模魔術を習得する。
 学舎では対人特化の魔術師として知られていた俺も、『龍殺し』を成し遂げた以上、実はそれらの魔術を体得していた、はずだとティアは考えたのだろう。
「――ルイン、少しいいかしら?」
 いつの間にか今後の予定を辿り始めていた思考が、講義の終わりと同時に隣から飛んできた声に遮られる。
「嫌です」
「だとしても、もう少しオブラートに包むべきだと思うわ!」
「すいません、これから少し用事があるので」
「もう遅い!」
「文句が多いですね、何ですかもう」
 軽く冗談を入れつつ話を催促すると、ティアは納得いかない様子ながら続ける。
「その……今日の講義が終わったら、あなたの家に行ってみたいのだけれど」
「あれ、随分と率直ですね」
 何やら言葉を選んでいた様子でありながら、最終的にティアの口から出たのが単純過ぎる頼みであった事に少し驚く。
「あの、いや、その……そう! 私もそろそろ学舎を出る時期だから、今後の住む場所の参考にしたいと思って! それだけなのだから!」
「あ、はい。別に聞いてないですけど」
 どうにも口下手なティアの言葉は、しかしあまり耳に入っては来なかった。
「すいません、ダメです」
「えっ」
 本来なら特にティアを来客として招く事に抵抗はないのだが、残念ながら今日の俺は予定を抱えていた。更に言えば、その予定は一種継続的なものであり、それによってしばらくはティアに限らず家に人を入れるのは難しくなるだろう。
「そ、そう。そ、それなら仕方がないのだわ。別に、どうしてもあなたの家に行かなくてはいけないわけではないし……私を家に入れたくないなら、仕方ないのだわ……」
 下手に話が広がる前に、と手早く断ったものの、ティアは何というか思ったよりもショックを受けている様子だった。
「いや、そういうわけじゃなくって。まだ引っ越したばっかりで片付いてないので、少し落ち着いてからの方がいいかと思って」
「そう、なの? そ、そうよね、私を招くなら相応に部屋を整えておくべきだものね。部屋が汚いなんて思われたくないものね!」
「あ、そうですね」
 無駄に落ち込ませておくのも可哀想かと思ってフォローを入れてみると、今度はその反動か無駄に増長させてしまったようで。それでも凹んでいるよりはマシかと、否定はせずにそのまま流しておく。
「そう言えば、ルインはどうして宿舎を出たのだったかしら? そもそも、学舎の決まりでは宿舎での生活が原則として義務付けられていたはずなのだけれど」
「それより、昼食はいいんですか?」
 更に続こうとしたティアの話を遮り、座席から腰を上げる。午後の授業まではまだ時間があるが、当然ながら時間というのは有限なものだ。
「あなたがどうしてもと言うなら、一緒に食べてあげてもいいのだわ!」
「ははは、誰もそんな事言ってませんよ。耳腐ってるんじゃないですか?」
「あれ? 私、本当に耳がどうかしてしまったのかしら? 急にとんでもない暴言を吐かれたように聞こえたのだけれど……」
「どうしたんですか? 食事抜きの減量は現代では化石同然ですよ」
「わ、私の身体に余計な肉なんてないのだから!」
 ころころと表情を変える少女で遊びながら、俺は食事を取りに向かうために講義室を後にした。
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