『龍殺し』の嘘と罪

玄城 克博

文字の大きさ
上 下
5 / 34
一章 龍殺し

1-4 統一魔術学舎

しおりを挟む
「――つまり、この魔術における要点は第三節の発音にある。『яшил』ならば速度の上昇、『ямяшил』であれば容積の増加が見込める事までは確定しているが、その他にも不確定現象の報告はいくつか上がっていて――」
 魔術師に必要な事の第一は、まず勉強、そして反復練習だ。
 もちろん声紋適性や詠唱技能には才能も大きく影響し、多重詠唱のような特殊技能に限らず得意な魔術系統や、そもそも魔術詠唱自体の適性まで個人差はあるが、魔術現象が詠唱を引き金にする以上、まずその詠唱を完璧に暗記しなければ、いくら適性があろうと魔術を扱う事など理屈として不可能だ。
 ゆえに、俺は今日も教職の語る内容を聞きながら、教本を眺めて使えそうな部分に印を付ける地道な作業を行っていた。
 突然の襲撃から一夜が明けた今日、午前中からの俺の行動は学舎への短い道のりを歩いた以外は全くと言っていいほど普段通りのものだった。宿舎を出たとは言え、いまだに魔術学舎の学生である俺が一日の大部分を学舎内で過ごす事には代わりはない。
「……って、なんであなたがここにいるの?」
「なんで、と言われても。学舎は辞めないって言ったじゃないですか」
「それは嬉しいけれど……い、いや、そうじゃなくって!」
 講義の邪魔にならないよう、器用に声量を抑えて慌ててみせるのは、同じ講義を受けていたティアだった。余程集中していたのか、講義時間も終盤になった今にようやく隣に座る俺の存在に気付いたらしい。
「ルインは短節の魔術が専門でしょ、長節魔術の授業を受けるなんておかしいもの」
「使うかどうかはともかく、俺だって授業の一つくらい受けますよ」
「嘘なのだわ!」
「なんで断言できるんですか」
「それは……いえ、特に理由はないけれど」
 勢いの良い主張は、根拠を失った事で止まった。
 とは言え、実のところティアの発言は的外れなものというわけでもない。
 声を媒介とする詠唱魔術において、俺が扱うのは短節と呼ばれるごく短い詠唱がほとんどで、更に言えば単節、一節限りの魔術がその内の大半を占める。戦闘中に長々と詠唱を行うのは自ら隙を晒すようなものであり、そもそも単節の魔術現象だけでも人を行動不能にするには十分過ぎるというのが、俺の一応の主張だ。
「……そうよね。たしかに、ルインは龍殺しだもの。使わなかっただけで、長節魔術も使えたはずなのだわ」
 ただし、龍を始めとする『殻の異形』、強固な外殻と肉体を持つ人類の天敵を相手にする場合は、単節魔術は基本的に牽制程度にしかならない。よって、対『殻の異形』の専門家である第一種魔術師は、大抵が中節から長節の大規模魔術を習得する。
 学舎では対人特化の魔術師として知られていた俺も、『龍殺し』を成し遂げた以上、実はそれらの魔術を体得していた、はずだとティアは考えたのだろう。
「――ルイン、少しいいかしら?」
 いつの間にか今後の予定を辿り始めていた思考が、講義の終わりと同時に隣から飛んできた声に遮られる。
「嫌です」
「だとしても、もう少しオブラートに包むべきだと思うわ!」
「すいません、これから少し用事があるので」
「もう遅い!」
「文句が多いですね、何ですかもう」
 軽く冗談を入れつつ話を催促すると、ティアは納得いかない様子ながら続ける。
「その……今日の講義が終わったら、あなたの家に行ってみたいのだけれど」
「あれ、随分と率直ですね」
 何やら言葉を選んでいた様子でありながら、最終的にティアの口から出たのが単純過ぎる頼みであった事に少し驚く。
「あの、いや、その……そう! 私もそろそろ学舎を出る時期だから、今後の住む場所の参考にしたいと思って! それだけなのだから!」
「あ、はい。別に聞いてないですけど」
 どうにも口下手なティアの言葉は、しかしあまり耳に入っては来なかった。
「すいません、ダメです」
「えっ」
 本来なら特にティアを来客として招く事に抵抗はないのだが、残念ながら今日の俺は予定を抱えていた。更に言えば、その予定は一種継続的なものであり、それによってしばらくはティアに限らず家に人を入れるのは難しくなるだろう。
「そ、そう。そ、それなら仕方がないのだわ。別に、どうしてもあなたの家に行かなくてはいけないわけではないし……私を家に入れたくないなら、仕方ないのだわ……」
 下手に話が広がる前に、と手早く断ったものの、ティアは何というか思ったよりもショックを受けている様子だった。
「いや、そういうわけじゃなくって。まだ引っ越したばっかりで片付いてないので、少し落ち着いてからの方がいいかと思って」
「そう、なの? そ、そうよね、私を招くなら相応に部屋を整えておくべきだものね。部屋が汚いなんて思われたくないものね!」
「あ、そうですね」
 無駄に落ち込ませておくのも可哀想かと思ってフォローを入れてみると、今度はその反動か無駄に増長させてしまったようで。それでも凹んでいるよりはマシかと、否定はせずにそのまま流しておく。
「そう言えば、ルインはどうして宿舎を出たのだったかしら? そもそも、学舎の決まりでは宿舎での生活が原則として義務付けられていたはずなのだけれど」
「それより、昼食はいいんですか?」
 更に続こうとしたティアの話を遮り、座席から腰を上げる。午後の授業まではまだ時間があるが、当然ながら時間というのは有限なものだ。
「あなたがどうしてもと言うなら、一緒に食べてあげてもいいのだわ!」
「ははは、誰もそんな事言ってませんよ。耳腐ってるんじゃないですか?」
「あれ? 私、本当に耳がどうかしてしまったのかしら? 急にとんでもない暴言を吐かれたように聞こえたのだけれど……」
「どうしたんですか? 食事抜きの減量は現代では化石同然ですよ」
「わ、私の身体に余計な肉なんてないのだから!」
 ころころと表情を変える少女で遊びながら、俺は食事を取りに向かうために講義室を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

可愛がっても美形吸血鬼には懐きません!~だからペットじゃないってば!

ミドリ
恋愛
 文明がほぼ滅び、希少種となってしまったヒト。『神の庭』があると言われるネクロポリスに向かう自称うら若き乙女・小町は、環境に対応する為に進化した亜人に襲われる。  亜人はヒトを食らう種族。食べられそうになった小町を助けてくれたのは、超絶美形の吸血鬼の亜人、シスだった。  小町の血の匂いに惹かれ、護衛を名乗り出るシス。どうしたってドキドキしてしまう小町と、小町を喋る家畜としか見ていなそうなシスの明るいドタバタ恋愛ストーリーです。 『神の庭』とは。小町の目的とは一体。そして亜人とヒトの運命や如何にーー。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

ライバル悪役令嬢に転生したハズがどうしてこうなった!?

だましだまし
ファンタジー
長編サイズだけど文字数的には短編の範囲です。 七歳の誕生日、ロウソクをふうっと吹き消した瞬間私の中に走馬灯が流れた。 え?何これ?私?! どうやら私、ゲームの中に転生しちゃったっぽい!? しかも悪役令嬢として出て来た伯爵令嬢じゃないの? しかし流石伯爵家!使用人にかしずかれ美味しいご馳走に可愛いケーキ…ああ!最高! ヒロインが出てくるまでまだ時間もあるし令嬢生活を満喫しよう…って毎日過ごしてたら鏡に写るこの巨体はなに!? 悪役とはいえ美少女スチルどこ行った!?

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

処理中です...