『龍殺し』の嘘と罪

玄城 克博

文字の大きさ
上 下
3 / 34
一章 龍殺し

1-2 『龍殺し』と友人

しおりを挟む
「――あぁっ!!」
 簡単な荷造りを済ませ、宿舎から出ようかとしていた俺の背後で文字通りの悲鳴、悲しそうな鳴き声が大音量で甲高く響いた。
「このっ、ルイン!」
「わ、わっ、ちょっ――痛っ」
 そして次の瞬間には、背を襲った衝撃に身体が宙へと浮いた。更に突進と同時に器用に両腕を拘束されていたため、受け身も取れずに床へと一直線に飛び込む始末。
「薄々嫌な予感はしていたけれど! だからってあんまりだわ!」
「……いきなり背後から襲われるなんて、俺は欠片も予感してませんでしたけど」
「言い訳なんて聞きたくないし、聞いてあげたりなんてしないから!」
「言い訳もいいですけど、とりあえず退いてください、重いんで」
「重くない!」
 背後からの襲撃者は、俺を下敷きにした後もそのままの体勢で俺の背に張り付きながら覆い被さり続けていた。重さはともかく、耳元で叫ぶものだから喧しくて仕方がないし、垂れ下がった金髪が首元に触れて非常にくすぐったい。
「それともなんですか、そんなに俺を離したくないんですか?」
「当たり前なのだわ!」
「えっ」
「私に黙って学舎を辞めるなんて、許すわけがないじゃない!」
「……いや、辞めませんけど」
「えっ」
 困惑した少女の顔が至近距離で俺を眺めるも、こちらとしても返す言葉はない。と言うよりも、おそらく俺も似たような表情を浮かべている事だろう。
「で、でも、それ、荷物。宿舎を出るのよね」
「宿舎は出るけど、学舎は辞めません」
「…………えっ、えっ!?」
 俺の言葉に金髪の少女はしばらく固まると、やがて弾かれたように起き上がった。
「ん、んんっ……そういう事なら、先に言ってくれれば良かったのに」
「いや、今から取り繕うのは無理ですよ、ティアさん」
 何事も無かったかのように澄まし顔を浮かべる少女、ティアと俺の周囲では、すでに学舎の学生達が数人その場で足を止めて観衆と化していた。その誰に対してであっても、ティアの演技が意味を成さない事は明らかだ。
「それより、いいんですか?」
「何の事かしら? 私は何も取り乱してなんていなくてよ」
「そうじゃなくて、俺を離したくないんでしょう? 好きなだけ抱きついていいですよ」
「っ! それはっ、違っ、忘れて! 忘れなさい! 忘れてください!」
「無理です。あんな熱く抱き締めながら言われて、忘れられるわけないじゃないですか」
「~~~~~っ!!」
 一瞬で仮面の崩壊したティアをからかうのは、純粋に娯楽だった。
 この統一魔術学舎区域E第七支部において、このティアという少女は最も有望な魔術師候補の一人であり、それ以上に随一の容姿をした少女として知られている。特別に、というほではないが、俺もティアの事は好ましく思っていた。
「とにかく、とにかく! ルインはこれからも学舎にいるのよね!?」
「はい、いますけど。やっぱり、俺に辞めてほしくないんですか?」
「当たり前なのだわ」
 強引に話を進めるティアを再びからかってみるも、返って来たのは真剣な言葉だった。
「だって、私、まだあなたに勝っていないのだもの」
 年齢でも学舎の教育過程でも俺の一年上に当たるティアとの接点は、極論で言えばその一点のみに集約される。
 学舎内の行事として行われた模擬対人魔術戦における勝利が、俺がティアと知り合った最初の出来事だった。以来、数回に渡る模擬魔術戦闘で尽く敗北したティアはやがて俺に興味を持ったらしく、いつからかこうして会話を交わす程度の仲になっていた。
「……それに、龍殺しの認定を受けたあなたは学舎を辞めてしまうと思ったから」
 続いたティアの小さな呟きには、気付かない振りで流す。
「まぁ、これからも学舎にいるならいいわ。それより、宿舎を出るなら、これからどこで暮らすつもりなのかしら?」
「俺がどこで暮らすのか気になりますか?」
「気に……ならない! そんな事どうでもいいのだわ!」
 単に問い返してやると、なぜかティアは顔を赤くして大きく頭を振り始めた。色々と意識し過ぎているのだろうが、結果的に説明せずに済むのならそれはそれでいい。
「じゃあ、俺はティアさんと違って暇じゃないんで、そろそろ行きますね」
 実際のところは特に急いでいるわけでもないが、かと言っていつまでもここで遊んでいる理由もない。適当なところで別れを切り出す。
「また馬鹿にして! どこにでも行くといいわ!」
 いつものように冷静さを失ったティアの声を背に、宿舎の廊下を再び歩き出す。
「――ティアさん?」
 そんな俺の足を止めたのは、微かに服の裾を掴んだ細い指だった。
「本当に、戻ってくる?」
 力無く零れたその言葉の意味は、俺にはわからなかった。
「はい、残念ながら」
 それでも俺の答えは一つで、その答えは指を解くのに十分なものだったらしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愚者による愚行と愚策の結果……《完結》

アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。 それが転落の始まり……ではなかった。 本当の愚者は誰だったのか。 誰を相手にしていたのか。 後悔は……してもし足りない。 全13話 ‪☆他社でも公開します

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

終了し強制力の無くなった乙女ゲームの世界の悪役令嬢のその後…

クロノス
恋愛
私はよくある異世界に転生した元日本人で社会人だった。仕事の帰り道によくあるトラック事故にて呆気なく死んでしまった/(-_-)\ まさかの転生先が前世で何度もプレーする程大好きだった乙女ゲームの中の悪役令嬢になっていた。 私の前世の推しである悪役令嬢になるなんて~ 攻略対象者?ヒロイン?知りません! って思ってたらヒロインめちゃくちゃウザイし攻略対象者もめちゃくちゃウザイ… 強制力やっぱりあるし( ・᷄ὢ・᷅ ) 強制力あっても何とか逞しく乗り切ろうとする悪役令嬢に転生した私の物語 女神の愛し子の私に冤罪って… って何故かどんどん話のスケールがでかくなってませんか!? ゆるふわ設定です! 頭をラフにしてお読み下さい(*^^*)

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...