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序章 九死
prologue
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それは、およそ考え得る生物の規格を越えていた。
クロガネの表皮はヒトの武器では罅すら入らない屈強。左右に開いた両の翼はその巨大な躯を自在かつ迅速で宙に躍らせ、そして何より全身に空いた孔から無尽蔵に放たれる息吹は一撃一撃が準儀式級魔術に匹敵する超威力。
本来なら魔術師、特に第一種、いわゆる直接戦闘に特化した魔術師にとって『龍』との対峙は厄災どころか本業だ。彼らの役割は、人類にとっての天敵『殻の異形』による侵攻を喰い止める事であり、その筆頭種である龍との戦闘は仮にも魔術師を志す者にとって半ば当然とすら言ってもいい。
だが、それはあくまで建前であり御託、もしくは理想。現実には単身で龍を倒せるような魔術師はほんの一握りであり、たった今龍の前で立ち竦む魔術師もまたその例外ではない事を身をもって示されようとしていた。
「――ぁっ」
重低音の咆哮を吐きながらの突進は、あまりにも速く重い。魔術師の紡ぎかけていた音は呻きに変わり、魔術現象の発生は阻まれる。それは即ち、後に続いた龍の息吹を防ぐ手立てが失われた事を意味する。
灼熱。
龍の口孔が朱に染まった瞬間、想像したのは火炎地獄。回避は不可能、防御も今からでは遅い。耐火装備など龍の前には一瞬で焼き尽くされ、龍が狙いを外してくれる可能性などは万に一つもあり得ない。
だから、予期した熱が訪れなかったのは奇跡だった。
身体は宙に浮き、魔術師の視線の先には崩れ落ちる龍の姿。そして更に手前、身を起こせば触れてしまいそうな位置にはどこまでも無表情な少女の顔があった。
「……あなたは?」
自らの命を救った相手、目の前の少女がそうであるのかすら判別できない混乱した魔術師の口から最初に吐き出されたのはそんな間の抜けた問いで。
「命の恩人」
返ってきた答えもまた、どこか気の抜けたものだった。
クロガネの表皮はヒトの武器では罅すら入らない屈強。左右に開いた両の翼はその巨大な躯を自在かつ迅速で宙に躍らせ、そして何より全身に空いた孔から無尽蔵に放たれる息吹は一撃一撃が準儀式級魔術に匹敵する超威力。
本来なら魔術師、特に第一種、いわゆる直接戦闘に特化した魔術師にとって『龍』との対峙は厄災どころか本業だ。彼らの役割は、人類にとっての天敵『殻の異形』による侵攻を喰い止める事であり、その筆頭種である龍との戦闘は仮にも魔術師を志す者にとって半ば当然とすら言ってもいい。
だが、それはあくまで建前であり御託、もしくは理想。現実には単身で龍を倒せるような魔術師はほんの一握りであり、たった今龍の前で立ち竦む魔術師もまたその例外ではない事を身をもって示されようとしていた。
「――ぁっ」
重低音の咆哮を吐きながらの突進は、あまりにも速く重い。魔術師の紡ぎかけていた音は呻きに変わり、魔術現象の発生は阻まれる。それは即ち、後に続いた龍の息吹を防ぐ手立てが失われた事を意味する。
灼熱。
龍の口孔が朱に染まった瞬間、想像したのは火炎地獄。回避は不可能、防御も今からでは遅い。耐火装備など龍の前には一瞬で焼き尽くされ、龍が狙いを外してくれる可能性などは万に一つもあり得ない。
だから、予期した熱が訪れなかったのは奇跡だった。
身体は宙に浮き、魔術師の視線の先には崩れ落ちる龍の姿。そして更に手前、身を起こせば触れてしまいそうな位置にはどこまでも無表情な少女の顔があった。
「……あなたは?」
自らの命を救った相手、目の前の少女がそうであるのかすら判別できない混乱した魔術師の口から最初に吐き出されたのはそんな間の抜けた問いで。
「命の恩人」
返ってきた答えもまた、どこか気の抜けたものだった。
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