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三章 必要
3-8 感度3000倍では生きにくい
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「…………」
動き出さなくてはならないと思いながらも、今一つその気力が沸かない。
視界一面に映るのは、水槽越しの水の青。それを眺めていると、たしかに妙な心地良さのようなものを覚える自分がいた。
「……ん」
壁に背を預けながら、視界の端でスマホを弄る。操作が終わったところで、怠慢な動きでそれを耳元に近づけようとして――
「近っ」
右手、すぐ近くで、バイブレーションの音が鳴り響いた。
「おーい、せんぱーい」
俺の位置からでは姿は確認できないが、音からして、壁か柱の陰にでも隠れているに違いない。そう思って、のっそりと歩み始めると――
「……っ」
予想通り、柱の陰から現れた人影が、思いっきり走り去っていった。
「ちょっ、待っ……」
慌てて後を追うも、やけに速く走る先輩との距離はほとんど縮まらない。
「なんですか、追いかけっこが最近のトレンドなんですかっ!?」
「弘人くん、私は鳥になりたかったんだ。こんな水槽の中を自由に駆け回る鳥にね」
「陸海空がぐっちゃぐちゃですね!」
激しい逃走劇は、しかし人通りの多いところにまで戻ると唐突に終わった。人混みを掻き分けてまで逃げるつもりはないのか、先輩は足を止めてこちらを向く。
「っ、はぁっ……追い付きましたよ、先輩」
「見てごらん、水槽の中を自由に駆け回っているだろう」
「? あぁ……そんなスピード感は無いですけどね」
先輩の視線の先、ガラス板一枚で区切られたその場所では、ペンギンが氷の上をペタペタと歩いていた。
「やっぱり、怒ってるかな?」
人の喧騒の中、それでも先輩の問いははっきりと聞こえる。
「俺が、ですか? 誰に?」
「それはもちろん、私にだよ。人のデートを付け回すなんて、ひどい女だよね」
「そう思ってるなら、わざわざ自分から知らせないでしょうよ」
自らメールで後を付けている事を知らせてきた先輩の目的はよくわからないが、少なくとも俺がそれに怒っていないのは事実だ。
「ごめんね、どうしても気になって」
「別にいいですよ。俺なんかとお姉さんを二人きりにしておくのが不安なのはわかります」
「そうだね、不安だったんだ」
あっさりと肯定されてしまうのは、それはそれで微妙な気分だ。
「弘人くんは、ペンギンは好きかな?」
「好きか嫌いかと言えば好き、ってくらいですかね」
「つまり、特別好きではないと」
「そういう事です」
そこでちょうど、ペンギンの内の一匹と目が合ってしまった。そんな目で見るな、俺は正直者なんだから仕方ないじゃないか。
「なら、少し歩こうか。一度回った場所をもう一度、では退屈かもしれないけど」
「そうですね、行きましょう」
心なしか、いや、完全に気のせいだろうが、悲しげなペンギンの視線を振り払い、先輩と肩を並べて歩き出す。
「お姉ちゃんとのデートは、楽しんでもらえたかな? もしそうなら、嬉しいんだけど」
「もちろん、楽しかったですよ。と言うか、見てたんじゃないんですか?」
「見てたと言っても、それなりに距離があったからね。それに、傍からでは弘人くんが本当に楽しんでいるかどうかまではわからないだろう?」
先輩の言葉に、どこか違和感を覚える。
「でも、そうか、弘人くんは楽しんでくれたか」
そして、駄目押しの二度目で、その違和感の正体にはっきりと気付いた。
「先輩って、俺の事、名前で呼んでましたっけ?」
「ああ、ばれちゃった。『ひろ兄』のワンクッションを挟んでなら、もしかしたら誤魔化せるかとも思ったんだけど」
「そう言えば、割りとすぐ止めましたね、その呼び方」
「実を言うとね、結構恥ずかしかったんだ」
冷静に考えれば、後輩をお兄ちゃん呼ばわりするなんてどんなプレイだ、となる。とは言え、冷静に考えた上でそれをやりかねないのが先輩なのだが。
「まぁいいや。それで、柊くんは……」
「別に、わざわざ直さなくても、名前でもいいですよ」
そもそも、元は先輩のお姉さんとして知り合ったツッキーが俺の事を名前で呼んでいるのに、肝心の先輩が苗字呼びというのもおかしな話かもしれない。
「それじゃあ、お言葉に甘えて、私も弘人くんと呼ばせてもらおうかな」
たかが呼び方だが、それだけで、なんとなく先輩との距離が縮まったような気がした。
「ごめんね。結局、お姉ちゃんとの結婚はダメみたいで。弘人くんの時間を無駄にさせてしまったのなら、申し訳無いと思っていたんだ」
「やっぱり、もうダメですかね」
去り際のツッキーの様子を見るに、誤解さえ解けばまだどうにかなるかとも思うが、妹である先輩から見るとそうではないという事なのだろうか。
「お姉ちゃんに気付かれてしまったからね。どうしても無理とまでは言わないけれど」
「気付かれた、ですか? それは、このデートはツッキーの為でもあった、という事が?」
俺は自分の都合しか頭に無かったが、先輩がツッキーの都合を考えていたという可能性は否定できない。だとしても、俺が何かの役に立ったとは思えないが。
「結果的にはそうなったみたいだけど、それは私の目的じゃないよ」
「結果的に、で言うなら、それも失敗じゃないんですか?」
「どうだろうね?」
「どうだろうね、って」
首を傾げる先輩に、俺も合わせて首を動かす。
「そんな事より、女の子の前で別の女の話ばかりするのは、あまり感心しないな」
「流石にそれは理不尽過ぎませんか!?」
「どうだろうね?」
先輩が逆に首を傾げたので、またもそれに合わせて動く。
「そうなんです」
「ふむ、そうなのか」
なぜか真剣な目をした先輩は、なぜか溜息を吐いた。
「……ふぅ、ここまで言ってもわからないなんて、弘人くんは鈍感だなぁ」
「先輩、服着れないレベルの敏感を基準にされても俺には無理です」
「服に収まりきらないレベルのビンビンがなんだって?」
「先輩、そんなサイズを求められても俺では期待に答えられません」
小粋なジョークを交わしつつも、先輩の言葉は気に掛かる。
「待って下さい。鈍感って事は、敏感ならわかるはずの事なんですね」
「少なくとも、私はそう思うよ」
これでも、俺は自分をそこそこ察しの良い人間だと思っている。某世界一有名な名探偵の小説を昔に二冊ほど読んだ事がある俺なら、十分なヒントさえあれば、きっと答えを導き出せるはずだ。
「先輩、俺の事好きなんですか?」
結果、導き出された答えは、幼少期に読んだ推理小説よりも近年のエロ漫画の影響が色濃く出てしまっていた。エロ漫画ってのは、あれページ数が足りないから、基本的に女の子はみんな最初から主人公の事好きなんだよね。
「……わかっているにしても、もう少し言い方というか何か無いものかな」
俺の名推理に対して、しかし先輩の口から出たのは意外な不満だった。
「えっ、あっ……」
当てるつもりのなかった予想が当たってしまい、俺の頭を一気に困惑が埋める。
それは先輩も同じようで、たしかにこんなにロマンチックでない好意の告げ方は、誰にとっても不本意であろう事は間違いない。
「まったく、お姉ちゃんも弘人くんも、察しが良すぎるよ。私なんて、お姉ちゃんに言われるまで、自分でも気付いてなかったのに」
自嘲の笑みを浮かべる先輩は、それがなぜかやたらと似合っていて。とても、適当に言ってみただけだと言えるような雰囲気ではなくなってしまっていた。
「まぁ、わかっているなら話は早い。そうだよ、私は弘人くんの事が好きだよ」
「それは、かわいい後輩として、という意味で?」
「もちろん、それもあるけれど」
途中で切れた言葉の先は、流石に推測するまでもない。
「お姉ちゃんが言うには、私は弘人くんと関わる口実のためにお姉ちゃんを利用していたらしいよ」
「そうなんですか? と言うか、らしい、ってなんですか」
先輩は明らかになった好意を隠すつもりはないらしく、さりとて強調するでもなく話を進めようとする。対する俺としては、どう対応するべきか今一つわからない。
「いや、実は、私にも良くわからなくてね。どうして弘人くんとお姉ちゃんを会わせたのか、そういう考え方もあるらしい、と紹介してみたんだけど」
「どうしてって、それは、俺の夢のためじゃないんですか?」
「それは、表面上の理由でしかないよ。他人のためだけに私が動くわけないからね」
どこまでも利己的な言葉は、だがその通りなのだろう。他人のために何かをしているつもりでも、そこには自分がそうしたい理由が必ずあるものだ。それを自覚しているかどうかは、また別の話だが。
「お姉ちゃんは、私に利用されるのも、私と弘人くんを取り合うのも嫌みたいでね。自分の恋路に巻き込まないでほしい、ってさっきメールで言われちゃったよ」
「なるほど、それで……」
ツッキーの協力を得られないであろう理由を聞いて、どこか安堵している自分がいた。
ただの誤解ではなく、どうやら色々と複雑な事になっているようだが、俺がツッキーに嫌われて、というわけでないならそれは単純に喜ばしい。
「そもそも、私が弘人くんの事を好きな以上、私が弘人くんの夢を応援するっていうのもおかしな話だしね」
「……それは、そうですね」
あえて触れてこなかった話を再度持ち出され、返答に困る。
「返事、もらえないのかな?」
「返事、ですか?」
「そう、告白の返事。これでも、結構ドキドキしてるんだよ」
常のそれとまったく変わりない表情で、先輩はそんな事を口にする。どうにもからかわれているようにしか思えないが、だとしてもどう返していいかわからない。
「…………」
だから、先輩の言葉を本当だとして考える。
俺が先輩と付き合えるというなら、それは純粋に喜ばしい。美人で冗談の通じる、気の合う彼女ができる事を嫌がる奴などそうはいないだろう。
だが、その上で、俺は先輩の好意に、あえて返答を先延ばしにしていた。理由は言うまでもなく、『妹の友達と付き合う』という当初の目的が引っかかっているから。
「そんなに辛そうな顔をされると、少し申し訳ないな」
苦笑する先輩の声を聞いて、自分が無言で考え込んでいた事に気付く。
「まぁ、意地悪な事を言ってるのはわかってるんだ。弘人くんが妹の友達と付き合いたい事は知ってるわけだし、今すぐに答えてもらわなくても大丈夫だよ」
慈愛に満ちた先輩の視線は、俺の内心を読んだかのようで。
「……そうですね、正直、少し考えさせてもらえると嬉しいです」
それが甘えだと知りながらも、先輩の提案をそのまま呑む事にした。
動き出さなくてはならないと思いながらも、今一つその気力が沸かない。
視界一面に映るのは、水槽越しの水の青。それを眺めていると、たしかに妙な心地良さのようなものを覚える自分がいた。
「……ん」
壁に背を預けながら、視界の端でスマホを弄る。操作が終わったところで、怠慢な動きでそれを耳元に近づけようとして――
「近っ」
右手、すぐ近くで、バイブレーションの音が鳴り響いた。
「おーい、せんぱーい」
俺の位置からでは姿は確認できないが、音からして、壁か柱の陰にでも隠れているに違いない。そう思って、のっそりと歩み始めると――
「……っ」
予想通り、柱の陰から現れた人影が、思いっきり走り去っていった。
「ちょっ、待っ……」
慌てて後を追うも、やけに速く走る先輩との距離はほとんど縮まらない。
「なんですか、追いかけっこが最近のトレンドなんですかっ!?」
「弘人くん、私は鳥になりたかったんだ。こんな水槽の中を自由に駆け回る鳥にね」
「陸海空がぐっちゃぐちゃですね!」
激しい逃走劇は、しかし人通りの多いところにまで戻ると唐突に終わった。人混みを掻き分けてまで逃げるつもりはないのか、先輩は足を止めてこちらを向く。
「っ、はぁっ……追い付きましたよ、先輩」
「見てごらん、水槽の中を自由に駆け回っているだろう」
「? あぁ……そんなスピード感は無いですけどね」
先輩の視線の先、ガラス板一枚で区切られたその場所では、ペンギンが氷の上をペタペタと歩いていた。
「やっぱり、怒ってるかな?」
人の喧騒の中、それでも先輩の問いははっきりと聞こえる。
「俺が、ですか? 誰に?」
「それはもちろん、私にだよ。人のデートを付け回すなんて、ひどい女だよね」
「そう思ってるなら、わざわざ自分から知らせないでしょうよ」
自らメールで後を付けている事を知らせてきた先輩の目的はよくわからないが、少なくとも俺がそれに怒っていないのは事実だ。
「ごめんね、どうしても気になって」
「別にいいですよ。俺なんかとお姉さんを二人きりにしておくのが不安なのはわかります」
「そうだね、不安だったんだ」
あっさりと肯定されてしまうのは、それはそれで微妙な気分だ。
「弘人くんは、ペンギンは好きかな?」
「好きか嫌いかと言えば好き、ってくらいですかね」
「つまり、特別好きではないと」
「そういう事です」
そこでちょうど、ペンギンの内の一匹と目が合ってしまった。そんな目で見るな、俺は正直者なんだから仕方ないじゃないか。
「なら、少し歩こうか。一度回った場所をもう一度、では退屈かもしれないけど」
「そうですね、行きましょう」
心なしか、いや、完全に気のせいだろうが、悲しげなペンギンの視線を振り払い、先輩と肩を並べて歩き出す。
「お姉ちゃんとのデートは、楽しんでもらえたかな? もしそうなら、嬉しいんだけど」
「もちろん、楽しかったですよ。と言うか、見てたんじゃないんですか?」
「見てたと言っても、それなりに距離があったからね。それに、傍からでは弘人くんが本当に楽しんでいるかどうかまではわからないだろう?」
先輩の言葉に、どこか違和感を覚える。
「でも、そうか、弘人くんは楽しんでくれたか」
そして、駄目押しの二度目で、その違和感の正体にはっきりと気付いた。
「先輩って、俺の事、名前で呼んでましたっけ?」
「ああ、ばれちゃった。『ひろ兄』のワンクッションを挟んでなら、もしかしたら誤魔化せるかとも思ったんだけど」
「そう言えば、割りとすぐ止めましたね、その呼び方」
「実を言うとね、結構恥ずかしかったんだ」
冷静に考えれば、後輩をお兄ちゃん呼ばわりするなんてどんなプレイだ、となる。とは言え、冷静に考えた上でそれをやりかねないのが先輩なのだが。
「まぁいいや。それで、柊くんは……」
「別に、わざわざ直さなくても、名前でもいいですよ」
そもそも、元は先輩のお姉さんとして知り合ったツッキーが俺の事を名前で呼んでいるのに、肝心の先輩が苗字呼びというのもおかしな話かもしれない。
「それじゃあ、お言葉に甘えて、私も弘人くんと呼ばせてもらおうかな」
たかが呼び方だが、それだけで、なんとなく先輩との距離が縮まったような気がした。
「ごめんね。結局、お姉ちゃんとの結婚はダメみたいで。弘人くんの時間を無駄にさせてしまったのなら、申し訳無いと思っていたんだ」
「やっぱり、もうダメですかね」
去り際のツッキーの様子を見るに、誤解さえ解けばまだどうにかなるかとも思うが、妹である先輩から見るとそうではないという事なのだろうか。
「お姉ちゃんに気付かれてしまったからね。どうしても無理とまでは言わないけれど」
「気付かれた、ですか? それは、このデートはツッキーの為でもあった、という事が?」
俺は自分の都合しか頭に無かったが、先輩がツッキーの都合を考えていたという可能性は否定できない。だとしても、俺が何かの役に立ったとは思えないが。
「結果的にはそうなったみたいだけど、それは私の目的じゃないよ」
「結果的に、で言うなら、それも失敗じゃないんですか?」
「どうだろうね?」
「どうだろうね、って」
首を傾げる先輩に、俺も合わせて首を動かす。
「そんな事より、女の子の前で別の女の話ばかりするのは、あまり感心しないな」
「流石にそれは理不尽過ぎませんか!?」
「どうだろうね?」
先輩が逆に首を傾げたので、またもそれに合わせて動く。
「そうなんです」
「ふむ、そうなのか」
なぜか真剣な目をした先輩は、なぜか溜息を吐いた。
「……ふぅ、ここまで言ってもわからないなんて、弘人くんは鈍感だなぁ」
「先輩、服着れないレベルの敏感を基準にされても俺には無理です」
「服に収まりきらないレベルのビンビンがなんだって?」
「先輩、そんなサイズを求められても俺では期待に答えられません」
小粋なジョークを交わしつつも、先輩の言葉は気に掛かる。
「待って下さい。鈍感って事は、敏感ならわかるはずの事なんですね」
「少なくとも、私はそう思うよ」
これでも、俺は自分をそこそこ察しの良い人間だと思っている。某世界一有名な名探偵の小説を昔に二冊ほど読んだ事がある俺なら、十分なヒントさえあれば、きっと答えを導き出せるはずだ。
「先輩、俺の事好きなんですか?」
結果、導き出された答えは、幼少期に読んだ推理小説よりも近年のエロ漫画の影響が色濃く出てしまっていた。エロ漫画ってのは、あれページ数が足りないから、基本的に女の子はみんな最初から主人公の事好きなんだよね。
「……わかっているにしても、もう少し言い方というか何か無いものかな」
俺の名推理に対して、しかし先輩の口から出たのは意外な不満だった。
「えっ、あっ……」
当てるつもりのなかった予想が当たってしまい、俺の頭を一気に困惑が埋める。
それは先輩も同じようで、たしかにこんなにロマンチックでない好意の告げ方は、誰にとっても不本意であろう事は間違いない。
「まったく、お姉ちゃんも弘人くんも、察しが良すぎるよ。私なんて、お姉ちゃんに言われるまで、自分でも気付いてなかったのに」
自嘲の笑みを浮かべる先輩は、それがなぜかやたらと似合っていて。とても、適当に言ってみただけだと言えるような雰囲気ではなくなってしまっていた。
「まぁ、わかっているなら話は早い。そうだよ、私は弘人くんの事が好きだよ」
「それは、かわいい後輩として、という意味で?」
「もちろん、それもあるけれど」
途中で切れた言葉の先は、流石に推測するまでもない。
「お姉ちゃんが言うには、私は弘人くんと関わる口実のためにお姉ちゃんを利用していたらしいよ」
「そうなんですか? と言うか、らしい、ってなんですか」
先輩は明らかになった好意を隠すつもりはないらしく、さりとて強調するでもなく話を進めようとする。対する俺としては、どう対応するべきか今一つわからない。
「いや、実は、私にも良くわからなくてね。どうして弘人くんとお姉ちゃんを会わせたのか、そういう考え方もあるらしい、と紹介してみたんだけど」
「どうしてって、それは、俺の夢のためじゃないんですか?」
「それは、表面上の理由でしかないよ。他人のためだけに私が動くわけないからね」
どこまでも利己的な言葉は、だがその通りなのだろう。他人のために何かをしているつもりでも、そこには自分がそうしたい理由が必ずあるものだ。それを自覚しているかどうかは、また別の話だが。
「お姉ちゃんは、私に利用されるのも、私と弘人くんを取り合うのも嫌みたいでね。自分の恋路に巻き込まないでほしい、ってさっきメールで言われちゃったよ」
「なるほど、それで……」
ツッキーの協力を得られないであろう理由を聞いて、どこか安堵している自分がいた。
ただの誤解ではなく、どうやら色々と複雑な事になっているようだが、俺がツッキーに嫌われて、というわけでないならそれは単純に喜ばしい。
「そもそも、私が弘人くんの事を好きな以上、私が弘人くんの夢を応援するっていうのもおかしな話だしね」
「……それは、そうですね」
あえて触れてこなかった話を再度持ち出され、返答に困る。
「返事、もらえないのかな?」
「返事、ですか?」
「そう、告白の返事。これでも、結構ドキドキしてるんだよ」
常のそれとまったく変わりない表情で、先輩はそんな事を口にする。どうにもからかわれているようにしか思えないが、だとしてもどう返していいかわからない。
「…………」
だから、先輩の言葉を本当だとして考える。
俺が先輩と付き合えるというなら、それは純粋に喜ばしい。美人で冗談の通じる、気の合う彼女ができる事を嫌がる奴などそうはいないだろう。
だが、その上で、俺は先輩の好意に、あえて返答を先延ばしにしていた。理由は言うまでもなく、『妹の友達と付き合う』という当初の目的が引っかかっているから。
「そんなに辛そうな顔をされると、少し申し訳ないな」
苦笑する先輩の声を聞いて、自分が無言で考え込んでいた事に気付く。
「まぁ、意地悪な事を言ってるのはわかってるんだ。弘人くんが妹の友達と付き合いたい事は知ってるわけだし、今すぐに答えてもらわなくても大丈夫だよ」
慈愛に満ちた先輩の視線は、俺の内心を読んだかのようで。
「……そうですね、正直、少し考えさせてもらえると嬉しいです」
それが甘えだと知りながらも、先輩の提案をそのまま呑む事にした。
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