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Ⅰ Brave
1-6 情報交換
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「……おい、宗耶、起きろ」
体を揺さぶられる感覚に、沈んでいた意識が覚醒していく。最近ではほとんど無かったその感覚は、懐かしいと思うよりもやはり不快感の方が強い。
「なんだよ、母さん。まだ夜なんだから寝かせといてくれ」
「誰がお前の母さんだ。ほら、とりあえず起きろ」
凄まじく重い瞼を閉じたままでも、今太陽が地球の裏側にある事はわかる。そして、呆れた様な声の主が、母親ではなく幼馴染だという事も。
「へっへっへ、違うな。お前にはこれから母親になってもらうんだよ!」
声の位置から位置を計り、由実を抱き込むようにしてベッドに転がる。
「わっ、えっ、ちょっ」
微かな抵抗、腕の中には柔らかな感触。由実を相手にこのような事をしても、いつもは軽くあしらわれるのが常であり、これほど直接的なスキンシップは記憶の限りでは小学生の頃以来だった。唐突に実感させられた幼馴染の女性的な部分に、思わず心臓が跳ねる。
「……お前は何をやっているんだ」
由実の冷や水のような声は、なぜか頭上から降っていた。刹那の後、体がふわりと浮く感覚と共に、自分の体が反転している事に気付く。
曰く、合気道。
弓使いが近接戦闘において無力なのはゲームの中だけの話であり、本来ならば由実の本領は、実家の道場で身に着けたこの技術にある。
衝撃に一気に覚醒した意識が、反射的に体に受け身を取らせる。床の上で一回転しながらも、勢いを殺しきれず仰向けの形でようやく停止。見上げる形になった室内には、こちらを睨み付ける幼馴染と、ベッドの上で顔を赤らめている少女の姿があった。
「いつもの冗談のつもり、だったんだけど……どうも今日は変な方に転ぶな」
思い返してみても、今日の俺が特別普段と違う行動を取ったつもりはない。
だが、ベッドの上の椿からしてみれば、俺は身体を弄られ、ベッドに抱き込まれた相手という事になってしまったはずだ。悪いのはタイミングなのか、それとも普段の行いか。
「で、なんで椿さんを連れて来たんだ?」
弁明したい気もあるが、言い訳は見苦しいので、何も無かったように話を始める。
由実が家に来たのは俺が去った後の会議の内容を伝えるためだろうが、わざわざ椿を連れてくる理由は寝起きの頭では思い浮かばない。ここにいるのが由実一人だったなら、今こうして床に叩きつけられている事もなかっただろうに。
「そうだな……まず、この子にいろいろと説明するのは宗耶が適役だろう」
返ってきた由実の声は、少なくとも激高しているようには聞こえなかった。
俺の事を良く知っているだけに、先程の行為も不幸なアクシデントだとわかっているのだろう。ならば投げずとも良いとは思うが、抗議が通る気はしない。
「説明、ねぇ……でも、椿さんは俺の事怖がってるでしょ」
初対面から今までを振り返ってみると、椿が俺に恐怖、もしくは嫌悪、あるいはその両方を感じているであろう事は想像に難くない。俺と副会長との関係のように、俺と椿も基本的に顔を合わせない形が良いのではないだろうか。
「いえ、大丈夫です! 遊馬さんは怖くないですから」
しかし、反論は意外にもベッドの上から飛んできた。
「まぁ、それならいいんだけど……」
「そうです、全然大丈夫です」
今一つ釈然としないが、椿本人からそう言われては何も言う事は無い。
「で、どこから話せばいい……っていうか会議はどうなったんだ?」
「とりあえず、議事録を持ってきたからそれを見てくれ」
手元にノートを渡され、閉じかけていた重い瞼を開ける。焦点が合わないので、もう一度まばたき。それでも眠くてたまらないので、目薬を垂らして無理矢理目を覚ます。
「じゃあ、リビングにでも行きますか」
勉強机に軽く腰を掛けた由実と、いまだにベッドの上にいる椿を促して部屋から出る。
俺の寝室は、三人で話すには少し狭い。その上、幼馴染の由実はともかく、ほぼ初対面と言っていい椿にはあまり見られたくないものもある。
リビングに場所を移し、ソファーに腰を下ろすと、由実も手慣れた様子で脇の椅子に座り込む。椿はしばし迷った後、由実と反対の位置の椅子に腰掛けた。
「相変わらず、由実の字はやたら上手いな」
しおりの挟まれた議事録のページを開くと、まず目に飛び込んできたのは印刷のように整った由実の字。ある程度読み進めたところからは本来の書記である藍沢の字に変わっているが、明らかに会計である由実の字の方が丁寧で見やすい。
「……別に、俺が読み終わるまで黙ってなくてもいいんだけど」
しばし文字を目で追った後、何気なく議事録から視線を外すと、二対の少女の視線が一身に浴びせられている事に気付いてしまった。こうも無言で待たれると、急かされているようであまり気分は良くない。
「あ、ああ。そうだな」
とは言え、由実が椿に話しかけ辛いのは仕方ないのだろう。椿自身は記憶が無いと証言してはいるが、由実が椿の腹にでかいのを一発叩き込んだ事実に変わりはなく、そこに負い目のようなものを感じるのは当然と言えば当然だ。
椿にしても、事情もわからず良く知らない男の家に連れて来られては呑気におしゃべりを楽しむ気にもならないだろう。結局は、俺が早く読み終わるに越した事は無い。
「よし、とりあえず一通りは目を通したけど」
議事録には大まかな会議の流れと、椿優奈の姓名、通う高校、記憶について、そして俺が去ってから聞いたのであろう情報、椿が自らの力についてどれくらい把握しているのかや謳歌との関係、そして一通りの個人情報が書き記されていた。
「しっかし、よくこんなに喋らせたもんだな」
実際にデモンストレーションでもしたのかもしれないが、それでも、力がどうやらと怪しげな事を口にする見ず知らずの集団に個人情報をばらしてしまうのは少し不用心にも思える。あるいは、その状況が危険に見えたからこそ口を割らざるを得なかったのか。
「どちらにしても、一人ではどうしようも無いので……」
椿の声は、とにかく不安に満ちていた。
一通りの個人情報、とは言うが、実際のところその中でも重要な部分の多くは『不明』となっている。どうやら椿の記憶喪失は、本当に深刻なものらしい。
こんなに喋らせた、のこんなに、とはむしろ重要でない情報、血液型や好きな男のタイプ、スリーサイズなどが書き込まれている事に対するもの。会長と俺のいないあの面子の中では、そんな事を聞くのは藍沢くらいか。
87・57・84。
「……どこを見ている?」
「校章だよ、校章」
74がうるさいので、視線を少し上げて椿の顔を見る。
「自分の中で覚えてる事とそうでない事の基準みたいなものはあったりする?」
「えっと、私自身は自分と高校の名前くらいしか覚えてないんです。あとは生徒手帳に書いてあった事を話しただけで……」
「そっか。じゃあ、こっちはこれ以上聞く事も思いつかないし、説明を始めるけど」
今の女子高生の生徒手帳にはスリーサイズが書いてあるのか、と少し驚きもしたが、そこを掘り返すと幼馴染がうるさい。
「はい、お願いします」
椿が真剣な目でこちらを見る。それに応えるべく口を開こうとするも、いざ話そうとすると、そもそも何を話せばいいのかわからなかった。
「俺は何を説明すればいいんだ?」
「……謳歌が仲間に加えろ、と言ったのだから、ゲームについての説明は必要だろうな」
由実への問い掛けは、微妙な間の後に返された。
謳歌がそう言ったのであれば、それを無視する事はできない。だからこそ成り立っている『ゲーム』であり、謳歌の望む限りは成り立たせ続ける必要がある。
「まず椿さんには、俺を含む生徒会のチームと、謳歌のチームが戦うゲームに参加してもらう事になる。謳歌が魔王で、俺達が……そうだな、勇者軍。謳歌の送ってきた兵が奥光学園の敷地に入ったらこっちの負け、俺達としてはその前に兵を戦闘不能にすればいい」
俺達と謳歌が日常的に行っているゲーム、そのルールは簡単に言えばそれだけだ。単純明快なゲームであり、プレイヤーとして動くにはそれだけ理解しておけば十分。
「え、えっと……」
「いや、流石にそれだけじゃわからないだろう」
説明に首を傾げる椿を見兼ねてか、由実が脇から口を出す。
「いえ、大丈夫です」
しかし、由実の配慮に、椿は慌てて首を振った。
「そのゲームではとりあえず、みなさんの指示に従えばいいですか?」
生徒会室にいた時から、椿は意外と飲み込みが早い。それは生来のものか、それとも記憶が無い故にとりあえず与えられた情報をそういうものとして受け入れようとしているのかはわからないが、どちらにせよ今の状況では都合が良い。
「まぁ、今のところはそうかな。由実は、何か言っておきたい事とかあるか?」
「いや、本人がそれでいいなら私からも特には無い」
由実にしてみても、説明が少なくて済むに越した事は無いのだろう。あえてそれ以上何か言おうとはしなかった。
「じゃあ、後は質問があれば答えようかな。恋人はいません」
俺の言葉を受け、椿は驚いたように目を開く。その驚きは質問しようとしていた内容を当てられた事に対してか、それとも俺に恋人がいない事に対してか。
「そうなんですか? てっきり白樺さんと付き合ってると思ってました」
なんと、どうやら後者だったらしい。
「実は、由実は前の彼女なんだ。今は単なるいい友人だよ」
「……何をしょうもない嘘をついているんだ」
由実から向けられたのは、温度の低い視線。たしかに全く意味の無いどうしようもない嘘だが、そういうものを積み重ねて人と人は仲を深めるものなんじゃないかと思う。
「そうです、彼女さんの目の前でそんな嘘をついちゃだめですよ! それと、その、他の人にえっちな事をしたりとかも……」
椿は椿で、俺が余計な事を言ったせいで余計な事を思い出してしまったようだ。しかも嘘の内容を思いっきり取り違えている。
「だから、私は宗耶の彼女だった事など今も昔も未来にもない!」
ただ、二人が声を出し、空気が軽くなった以上、結果として悪くないのかもしれない。
由実の言葉が若干ショックだったのは、悟られないように胸に秘めておく事にした。
体を揺さぶられる感覚に、沈んでいた意識が覚醒していく。最近ではほとんど無かったその感覚は、懐かしいと思うよりもやはり不快感の方が強い。
「なんだよ、母さん。まだ夜なんだから寝かせといてくれ」
「誰がお前の母さんだ。ほら、とりあえず起きろ」
凄まじく重い瞼を閉じたままでも、今太陽が地球の裏側にある事はわかる。そして、呆れた様な声の主が、母親ではなく幼馴染だという事も。
「へっへっへ、違うな。お前にはこれから母親になってもらうんだよ!」
声の位置から位置を計り、由実を抱き込むようにしてベッドに転がる。
「わっ、えっ、ちょっ」
微かな抵抗、腕の中には柔らかな感触。由実を相手にこのような事をしても、いつもは軽くあしらわれるのが常であり、これほど直接的なスキンシップは記憶の限りでは小学生の頃以来だった。唐突に実感させられた幼馴染の女性的な部分に、思わず心臓が跳ねる。
「……お前は何をやっているんだ」
由実の冷や水のような声は、なぜか頭上から降っていた。刹那の後、体がふわりと浮く感覚と共に、自分の体が反転している事に気付く。
曰く、合気道。
弓使いが近接戦闘において無力なのはゲームの中だけの話であり、本来ならば由実の本領は、実家の道場で身に着けたこの技術にある。
衝撃に一気に覚醒した意識が、反射的に体に受け身を取らせる。床の上で一回転しながらも、勢いを殺しきれず仰向けの形でようやく停止。見上げる形になった室内には、こちらを睨み付ける幼馴染と、ベッドの上で顔を赤らめている少女の姿があった。
「いつもの冗談のつもり、だったんだけど……どうも今日は変な方に転ぶな」
思い返してみても、今日の俺が特別普段と違う行動を取ったつもりはない。
だが、ベッドの上の椿からしてみれば、俺は身体を弄られ、ベッドに抱き込まれた相手という事になってしまったはずだ。悪いのはタイミングなのか、それとも普段の行いか。
「で、なんで椿さんを連れて来たんだ?」
弁明したい気もあるが、言い訳は見苦しいので、何も無かったように話を始める。
由実が家に来たのは俺が去った後の会議の内容を伝えるためだろうが、わざわざ椿を連れてくる理由は寝起きの頭では思い浮かばない。ここにいるのが由実一人だったなら、今こうして床に叩きつけられている事もなかっただろうに。
「そうだな……まず、この子にいろいろと説明するのは宗耶が適役だろう」
返ってきた由実の声は、少なくとも激高しているようには聞こえなかった。
俺の事を良く知っているだけに、先程の行為も不幸なアクシデントだとわかっているのだろう。ならば投げずとも良いとは思うが、抗議が通る気はしない。
「説明、ねぇ……でも、椿さんは俺の事怖がってるでしょ」
初対面から今までを振り返ってみると、椿が俺に恐怖、もしくは嫌悪、あるいはその両方を感じているであろう事は想像に難くない。俺と副会長との関係のように、俺と椿も基本的に顔を合わせない形が良いのではないだろうか。
「いえ、大丈夫です! 遊馬さんは怖くないですから」
しかし、反論は意外にもベッドの上から飛んできた。
「まぁ、それならいいんだけど……」
「そうです、全然大丈夫です」
今一つ釈然としないが、椿本人からそう言われては何も言う事は無い。
「で、どこから話せばいい……っていうか会議はどうなったんだ?」
「とりあえず、議事録を持ってきたからそれを見てくれ」
手元にノートを渡され、閉じかけていた重い瞼を開ける。焦点が合わないので、もう一度まばたき。それでも眠くてたまらないので、目薬を垂らして無理矢理目を覚ます。
「じゃあ、リビングにでも行きますか」
勉強机に軽く腰を掛けた由実と、いまだにベッドの上にいる椿を促して部屋から出る。
俺の寝室は、三人で話すには少し狭い。その上、幼馴染の由実はともかく、ほぼ初対面と言っていい椿にはあまり見られたくないものもある。
リビングに場所を移し、ソファーに腰を下ろすと、由実も手慣れた様子で脇の椅子に座り込む。椿はしばし迷った後、由実と反対の位置の椅子に腰掛けた。
「相変わらず、由実の字はやたら上手いな」
しおりの挟まれた議事録のページを開くと、まず目に飛び込んできたのは印刷のように整った由実の字。ある程度読み進めたところからは本来の書記である藍沢の字に変わっているが、明らかに会計である由実の字の方が丁寧で見やすい。
「……別に、俺が読み終わるまで黙ってなくてもいいんだけど」
しばし文字を目で追った後、何気なく議事録から視線を外すと、二対の少女の視線が一身に浴びせられている事に気付いてしまった。こうも無言で待たれると、急かされているようであまり気分は良くない。
「あ、ああ。そうだな」
とは言え、由実が椿に話しかけ辛いのは仕方ないのだろう。椿自身は記憶が無いと証言してはいるが、由実が椿の腹にでかいのを一発叩き込んだ事実に変わりはなく、そこに負い目のようなものを感じるのは当然と言えば当然だ。
椿にしても、事情もわからず良く知らない男の家に連れて来られては呑気におしゃべりを楽しむ気にもならないだろう。結局は、俺が早く読み終わるに越した事は無い。
「よし、とりあえず一通りは目を通したけど」
議事録には大まかな会議の流れと、椿優奈の姓名、通う高校、記憶について、そして俺が去ってから聞いたのであろう情報、椿が自らの力についてどれくらい把握しているのかや謳歌との関係、そして一通りの個人情報が書き記されていた。
「しっかし、よくこんなに喋らせたもんだな」
実際にデモンストレーションでもしたのかもしれないが、それでも、力がどうやらと怪しげな事を口にする見ず知らずの集団に個人情報をばらしてしまうのは少し不用心にも思える。あるいは、その状況が危険に見えたからこそ口を割らざるを得なかったのか。
「どちらにしても、一人ではどうしようも無いので……」
椿の声は、とにかく不安に満ちていた。
一通りの個人情報、とは言うが、実際のところその中でも重要な部分の多くは『不明』となっている。どうやら椿の記憶喪失は、本当に深刻なものらしい。
こんなに喋らせた、のこんなに、とはむしろ重要でない情報、血液型や好きな男のタイプ、スリーサイズなどが書き込まれている事に対するもの。会長と俺のいないあの面子の中では、そんな事を聞くのは藍沢くらいか。
87・57・84。
「……どこを見ている?」
「校章だよ、校章」
74がうるさいので、視線を少し上げて椿の顔を見る。
「自分の中で覚えてる事とそうでない事の基準みたいなものはあったりする?」
「えっと、私自身は自分と高校の名前くらいしか覚えてないんです。あとは生徒手帳に書いてあった事を話しただけで……」
「そっか。じゃあ、こっちはこれ以上聞く事も思いつかないし、説明を始めるけど」
今の女子高生の生徒手帳にはスリーサイズが書いてあるのか、と少し驚きもしたが、そこを掘り返すと幼馴染がうるさい。
「はい、お願いします」
椿が真剣な目でこちらを見る。それに応えるべく口を開こうとするも、いざ話そうとすると、そもそも何を話せばいいのかわからなかった。
「俺は何を説明すればいいんだ?」
「……謳歌が仲間に加えろ、と言ったのだから、ゲームについての説明は必要だろうな」
由実への問い掛けは、微妙な間の後に返された。
謳歌がそう言ったのであれば、それを無視する事はできない。だからこそ成り立っている『ゲーム』であり、謳歌の望む限りは成り立たせ続ける必要がある。
「まず椿さんには、俺を含む生徒会のチームと、謳歌のチームが戦うゲームに参加してもらう事になる。謳歌が魔王で、俺達が……そうだな、勇者軍。謳歌の送ってきた兵が奥光学園の敷地に入ったらこっちの負け、俺達としてはその前に兵を戦闘不能にすればいい」
俺達と謳歌が日常的に行っているゲーム、そのルールは簡単に言えばそれだけだ。単純明快なゲームであり、プレイヤーとして動くにはそれだけ理解しておけば十分。
「え、えっと……」
「いや、流石にそれだけじゃわからないだろう」
説明に首を傾げる椿を見兼ねてか、由実が脇から口を出す。
「いえ、大丈夫です」
しかし、由実の配慮に、椿は慌てて首を振った。
「そのゲームではとりあえず、みなさんの指示に従えばいいですか?」
生徒会室にいた時から、椿は意外と飲み込みが早い。それは生来のものか、それとも記憶が無い故にとりあえず与えられた情報をそういうものとして受け入れようとしているのかはわからないが、どちらにせよ今の状況では都合が良い。
「まぁ、今のところはそうかな。由実は、何か言っておきたい事とかあるか?」
「いや、本人がそれでいいなら私からも特には無い」
由実にしてみても、説明が少なくて済むに越した事は無いのだろう。あえてそれ以上何か言おうとはしなかった。
「じゃあ、後は質問があれば答えようかな。恋人はいません」
俺の言葉を受け、椿は驚いたように目を開く。その驚きは質問しようとしていた内容を当てられた事に対してか、それとも俺に恋人がいない事に対してか。
「そうなんですか? てっきり白樺さんと付き合ってると思ってました」
なんと、どうやら後者だったらしい。
「実は、由実は前の彼女なんだ。今は単なるいい友人だよ」
「……何をしょうもない嘘をついているんだ」
由実から向けられたのは、温度の低い視線。たしかに全く意味の無いどうしようもない嘘だが、そういうものを積み重ねて人と人は仲を深めるものなんじゃないかと思う。
「そうです、彼女さんの目の前でそんな嘘をついちゃだめですよ! それと、その、他の人にえっちな事をしたりとかも……」
椿は椿で、俺が余計な事を言ったせいで余計な事を思い出してしまったようだ。しかも嘘の内容を思いっきり取り違えている。
「だから、私は宗耶の彼女だった事など今も昔も未来にもない!」
ただ、二人が声を出し、空気が軽くなった以上、結果として悪くないのかもしれない。
由実の言葉が若干ショックだったのは、悟られないように胸に秘めておく事にした。
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