骨董術師は依代に唄う

玄城 克博

文字の大きさ
上 下
33 / 49
Ⅳ Cheat

4-6 敵

しおりを挟む
 ティア・エルシア・ウィットランドにとって、アーチライト・コルア・ウィットランドは特別な存在だった。
 ウィットランド家の長兄、つまりは実の兄。それも特別の一端には違いないが、仮に別の関係性であったとしてもアーチライトはやはり特別だったであろうとティアは思う。
 マレストリ王国最強の騎士にして、架空元素『光』を操る等級十四の魔術師。常に自分の前に在った兄の存在が、自分にとってだけでなく周りの誰にとっても敵わないものである事に気付くのにそれほど時間を要する事はなく。
 だから、ティアには動揺はなかった。
 大陸最悪の魔術師ヨーラッド・ヌークス討伐隊にアーチライトが加わると聞いた時も、それだけでなく、ヨーラッドの手でアーチライトが殺されたと聞いた時も。
 アーチライトの肉体が転生術の依代となった今ですら、ティアはアーチライトの敗北と死をどこかで真実だと信じきれていない。あるいは、信じようとしていなかった。
 だが、信じようと信じまいと事実は変わらない。これまでのティアにとって幸いだったのはあえてその事実を突きつけて来ようとする者がいなかった事で、しかし今は違った。
「それは……アルバトロス自身もわかっているのか?」
 不躾にぶつけられた兄の名前にそれでも現状について追求しようとするものの、ティアの喉から漏れた音は、自身も驚くほどに弱いものだった。
「アルバにも同じような事は言ったよ。本人がどう思ってるかは知らないけど」
「それでも、闘うと?」
「そのつもりだから、ああいう状況になってるんじゃない?」
 表面上だけ曖昧な、だがその実明確な肯定を受け、ティアは闘技場へと一歩を踏み出す。
「どうするつもりなの?」
 それ以上は、手袋越しに掴まれた腕に引かれて進めなかった。
「決闘を止める。負けるとわかっていて、ただ死なせるわけにはいかないだろう」
「へぇ、ティアはアルバの事、嫌ってると思ってたけど」
「嫌ってなど………ただ、どう接していいかわからないだけだ」
「じゃあ、死んでほしくはないんだ」
 意外そうな問いかけには、すんなりと頷きが返される。
「当たり前だ。アルバトロスはまだ有用で、そうでなくとも殺したいほど憎むような理由は無い」
「ふーん」
「……むしろ、お前は死んでほしいのか? 随分と打ち解けていたように見えたが、なぜみすみす死地に送り込むような真似ができる?」
「……知ってた? アルバって、左の首に黒子が二個、横に並んでるの」
 怒りになりかけたティアの荒い声に、アンナは噛み合わない言葉を返した。
「何、を?」
「伝わんないか、まぁ、そうだよね」
 満面の笑み。それを訝しむのと、ティアの身体が大きく投げ出されたのは同時だった。
「……どうした、敵か!?」
 自分を突き飛ばしたアンナの先、右、左、後ろ、上と素早く視線を飛ばすも、周囲には人影一つ見えない。遠距離からの狙撃へと思考を切り替える直前、真正面から襲いかかって来た炎の束を間一髪で躱す。
「まぁ、そう取られても仕方ないのかな。さっきは笑っちゃったけど」
「……アンナ?」
 声色は驚愕を示しながら、ティアの身体は淀みなく動いていた。腕は自然と腰の剣を抜き、目の前で拳を構えるアンナへと切っ先を向ける。
「なぜ、お前が……」
「勘違いしないでほしいのは、私はティアを傷つけたくはないって事。このまま大人しく家なり、騎士団本部なり、戦場でもいいけど、とにかく闘技場以外のどこかに行くと約束してくれれば、私は笑って見送ってあげる」
「私が闘技場にいてはまずいというのか? なぜだ?」
「なんでって、そんなの、私よりもティアの方がわかってるでしょ」
 返答を催促するように、二度目の炎が跳躍した足元を抜けていく。
「あの場所にいたら、ティア、身代わりになってでもアルバを助けちゃうから」
「私が、アルバトロスの身代わりに?」
 着地しながらも、ティアの頭の中は困惑に埋め尽くされたまま。アンナの言葉も、今の状況も何もかもが、理解も、納得すらできていない。
「どうして……」
「残念だけど、もう私の話は終わり。続きは、自分の頭で考え――」
 語尾が掠れて消える。
 一歩で懐まで詰める高速機動は、だが人間の身体能力の枠を超える程度。連動して放たれた、文字通り火と化した拳の速度に比べれば、大きく見劣りする。
「っ……」
 アンナの接近に合わせて発動していた術式が、ティアの全身を風へと作り変える。それでも、やっと五分。火の、魔術の速度で襲い来る至近からの拳打は、剣の根本でどうにか捌きながら距離を取るしかない。
 ティアの愛用する魔術剣レーニアは、ティアやアンナが身に纏う魔術礼装と同じく、剣自体の擬似的な風への変成術を可能とする。その上で更に剣の形を保持する特殊な魔術剣の性質は、だが拳打の雨から思うように距離を取れない現状では、むしろ手持ち無沙汰ですらあった。
「ぁ、らぁっ!」
 上体を反らせ、眼前で拳を躱し、崩れた体勢のままに蹴りを放つ。風の速度で襲う蹴りは、しかし同等の速度の火の体術に絡め取られてしまう。
 脚を覆い始めた熱を危険信号と判断し、離脱を試みるも、火の両腕は外れない。もう片方の足で放った蹴りも、体を傾けるだけで躱される。
「ちぇっ」
 魔術障壁が焼き切られる寸前、ティアの発動した魔術が、掴まれた右の脚を風の刃に変えていた。ごく低難度の攻撃魔術、だが自らの身体自体を魔術としたそれは、変成術を完全に身に付けた魔術師にしか使えない高等戦闘技術だった。
「足を潰せれば、それで終わりで良かったんだけど」
 刃からの回避に成功したアンナは、同時にティアの右脚を手放す事になっていた。風の速度で距離を取るティアを、両腕から先以外は肉体を保っているアンナは追えずに眺める。
「そう簡単にやられるものか。もう距離は取った、降参するなら今の内だ」
 正眼の構え。一分の乱れも無い構えの輪郭だけが、微かに光に模られて見える。
「ま、いっか。一回、ティアとは本気で戦っておきたかったし」
 それと相対するアンナの顔には、紛れもない喜色が浮かんでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スナイパー令嬢戦記〜お母様からもらった"ボルトアクションライフル"が普通のマスケットの倍以上の射程があるんですけど〜

シャチ
ファンタジー
タリム復興期を読んでいただくと、なんでミリアのお母さんがぶっ飛んでいるのかがわかります。 アルミナ王国とディクトシス帝国の間では、たびたび戦争が起こる。 前回の戦争ではオリーブオイルの栽培地を欲した帝国がアルミナ王国へと戦争を仕掛けた。 一時はアルミナ王国の一部地域を掌握した帝国であったが、王国側のなりふり構わぬ反撃により戦線は膠着し、一部国境線未確定地域を残して停戦した。 そして20年あまりの時が過ぎた今、皇帝マーダ・マトモアの崩御による帝国の皇位継承権争いから、手柄を欲した時の第二皇子イビリ・ターオス・ディクトシスは軍勢を率いてアルミナ王国への宣戦布告を行った。 砂糖戦争と後に呼ばれるこの戦争において、両国に恐怖を植え付けた一人の令嬢がいる。 彼女の名はミリア・タリム 子爵令嬢である彼女に戦後ついた異名は「狙撃令嬢」 542人の帝国将兵を死傷させた狙撃の天才 そして戦中は、帝国からは死神と恐れられた存在。 このお話は、ミリア・タリムとそのお付きのメイド、ルーナの戦いの記録である。 他サイトに掲載したものと同じ内容となります。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

バックホー・ヒーロー!

柚緒駆
ファンタジー
魔法王国サンリーハムを襲う魔竜の群れ。魔法機械『聖天の歯車』によってサンリーハムは東方の海に避難した……はずなのに、出現したのは現代日本、大阪の上空だった! この事態に巻き込まれた根木一平太は、娘留美を守るため、魔竜にバックホー(ユンボ)で立ち向かう。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

婚約破棄された令嬢の恋人

菜花
ファンタジー
裏切られても一途に王子を愛していたイリーナ。その気持ちに妖精達がこたえて奇跡を起こす。カクヨムでも投稿しています。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...