31 / 49
Ⅳ Cheat
4-4 待ち人
しおりを挟む
「……遅いなぁ」
闘技場の外、壁にもたれ掛かりながら、赤髪に赤装束の女が溜息を吐く。
「まぁ、この時間から中にいるようなのは早すぎるんだろうけど」
決闘の予定開始時刻には、まだ丸々二時間ほどある。にもかかわらず、闘技場の中から聞こえる喧騒は、すでに外にいるアンナの独り言を掻き消すほどになっていた。
「それにしても、やっぱり遅いなぁ。大丈夫かな?」
言葉の内容ほどの危機感の無い声で、ぼんやりと空を見上げる。
「……あっ、アルバだ」
上げていたアンナの顔が下がるよりも、呟きの方が先に漏れていた。
「おーい、アルバー!」
大きく手を振るアンナに気付き、顔を向けるも、黒髪に地味な服装をした少年は歩調を早める事もなくゆっくりと寄ってくる。
「そう大声で名を呼ぶな。いくらこの格好でも、余計な注目を集めたくはない」
「略称だから大丈夫でしょ。普通はアルバの事アルバって呼んだりしないし」
「一応、だ。もっとも、どうやら問題無さそうではあるな」
一度だけ周りを見渡し、アルバトロスは肩の力を抜いていく。
辺りに見える常より大分多い人々の誰もが、二人へと特別な注意を向けてはいなかった。人々の半分ほどはすぐ傍にある闘技場へとまっすぐに入っていき、それ以外の半分は足を止める事もなく過ぎて行く。
「で、どう? 私を撒いてまで出かけたんだから、ちゃんと心の準備は済ませてきたんだよね?」
「そんなものはしていない。死ぬ準備など、何の意味も無い」
普段通り、軽い調子の声を受けて、アルバトロスも常と同じトーンで返す。
「それはそうかもだけど、やっぱりそれでも覚悟していくもんじゃない?」
「要らないな。そういったものは、未練のある者がする事だ」
「アルバには未練が無いって?」
「この時代に転生されて、まだほんの僅かほどしか経っていない。それだけの時間では、そう未練など生まれはしないだろう。それに――」
アンナが口を開きかけるも、先んじたアルバトロスの口の動きがそれを止めた。
「――我は、負けるつもりで戦いに挑んだ事も、その結果として負けた事も一度も無い」
一瞬だけ七色を写した瞳に、アンナはわずかに息を呑む。
「……でも、ティアには負けてたじゃん」
「あれは無しだ。話が広がりさえしなければ、無敗の肩書きは守れる」
「もしかして、アルバってそういう感じで伝説になったの?」
「さぁ、どうだろうな」
それでも、思い出したかのようなアンナの言葉を皮切りに、緩んだ空気の中で二人は互いに笑みを浮かべた。
「今のアルバじゃ、多分ヨーラッドには勝てない。それでも、戦うんだよね?」
遠慮の欠片も無い言葉は、だからこそどこまでも真摯で。
「ああ、臆病者の誹りを受けるくらいなら、ここで死ぬ方が潔い」
「それなら、私は止めない。だから……」
迷いをそのまま形にしたような表情は、そのままで固まる。
「勝って。今度は、私の前で勝ってみせて」
祈るような、願うような声。
「保証はしない。結果が全てというだけの事だ」
アンナらしくもない必死な願いにも、アルバトロスは追求すらせずただ淡々と返した。
「……うん、意外とそういうのもいいね。堂々と勝利宣言してくれるよりも、むしろ勝って当たり前、みたいな感じで安心できるかも」
「そう思ったのなら何よりだ」
アンナの調子が見慣れたものに戻ったのを確認してか、ふと、視線を逸らす。
「少し、確かめておきたい事もある。そろそろ闘技場に入るとしよう」
「そっか。じゃあ、一旦ここでお別れだね」
一歩、闘技場へと踏み出したアルバトロスを、アンナは後ろ手に組んで見送る。
「お前は着いて来ないのか?」
「私も、ちょっとやる事があるからね。中には騎士団の人員もいるだろうから、私がいなくても大丈夫でしょ」
「そうか、ならいい。また、後で会おう」
「うん、また後でね」
決闘前、おそらく最後になるであろう会話は、いとも簡単に打ち切られた。それきり振り返る事もないアルバトロスを少しの間眺め、アンナも再び壁に背を預ける。
「……ん、やっぱり遅いなぁ」
もう幾度目かの呟きは、それまでと同様に誰にも届かず消えた。
闘技場の外、壁にもたれ掛かりながら、赤髪に赤装束の女が溜息を吐く。
「まぁ、この時間から中にいるようなのは早すぎるんだろうけど」
決闘の予定開始時刻には、まだ丸々二時間ほどある。にもかかわらず、闘技場の中から聞こえる喧騒は、すでに外にいるアンナの独り言を掻き消すほどになっていた。
「それにしても、やっぱり遅いなぁ。大丈夫かな?」
言葉の内容ほどの危機感の無い声で、ぼんやりと空を見上げる。
「……あっ、アルバだ」
上げていたアンナの顔が下がるよりも、呟きの方が先に漏れていた。
「おーい、アルバー!」
大きく手を振るアンナに気付き、顔を向けるも、黒髪に地味な服装をした少年は歩調を早める事もなくゆっくりと寄ってくる。
「そう大声で名を呼ぶな。いくらこの格好でも、余計な注目を集めたくはない」
「略称だから大丈夫でしょ。普通はアルバの事アルバって呼んだりしないし」
「一応、だ。もっとも、どうやら問題無さそうではあるな」
一度だけ周りを見渡し、アルバトロスは肩の力を抜いていく。
辺りに見える常より大分多い人々の誰もが、二人へと特別な注意を向けてはいなかった。人々の半分ほどはすぐ傍にある闘技場へとまっすぐに入っていき、それ以外の半分は足を止める事もなく過ぎて行く。
「で、どう? 私を撒いてまで出かけたんだから、ちゃんと心の準備は済ませてきたんだよね?」
「そんなものはしていない。死ぬ準備など、何の意味も無い」
普段通り、軽い調子の声を受けて、アルバトロスも常と同じトーンで返す。
「それはそうかもだけど、やっぱりそれでも覚悟していくもんじゃない?」
「要らないな。そういったものは、未練のある者がする事だ」
「アルバには未練が無いって?」
「この時代に転生されて、まだほんの僅かほどしか経っていない。それだけの時間では、そう未練など生まれはしないだろう。それに――」
アンナが口を開きかけるも、先んじたアルバトロスの口の動きがそれを止めた。
「――我は、負けるつもりで戦いに挑んだ事も、その結果として負けた事も一度も無い」
一瞬だけ七色を写した瞳に、アンナはわずかに息を呑む。
「……でも、ティアには負けてたじゃん」
「あれは無しだ。話が広がりさえしなければ、無敗の肩書きは守れる」
「もしかして、アルバってそういう感じで伝説になったの?」
「さぁ、どうだろうな」
それでも、思い出したかのようなアンナの言葉を皮切りに、緩んだ空気の中で二人は互いに笑みを浮かべた。
「今のアルバじゃ、多分ヨーラッドには勝てない。それでも、戦うんだよね?」
遠慮の欠片も無い言葉は、だからこそどこまでも真摯で。
「ああ、臆病者の誹りを受けるくらいなら、ここで死ぬ方が潔い」
「それなら、私は止めない。だから……」
迷いをそのまま形にしたような表情は、そのままで固まる。
「勝って。今度は、私の前で勝ってみせて」
祈るような、願うような声。
「保証はしない。結果が全てというだけの事だ」
アンナらしくもない必死な願いにも、アルバトロスは追求すらせずただ淡々と返した。
「……うん、意外とそういうのもいいね。堂々と勝利宣言してくれるよりも、むしろ勝って当たり前、みたいな感じで安心できるかも」
「そう思ったのなら何よりだ」
アンナの調子が見慣れたものに戻ったのを確認してか、ふと、視線を逸らす。
「少し、確かめておきたい事もある。そろそろ闘技場に入るとしよう」
「そっか。じゃあ、一旦ここでお別れだね」
一歩、闘技場へと踏み出したアルバトロスを、アンナは後ろ手に組んで見送る。
「お前は着いて来ないのか?」
「私も、ちょっとやる事があるからね。中には騎士団の人員もいるだろうから、私がいなくても大丈夫でしょ」
「そうか、ならいい。また、後で会おう」
「うん、また後でね」
決闘前、おそらく最後になるであろう会話は、いとも簡単に打ち切られた。それきり振り返る事もないアルバトロスを少しの間眺め、アンナも再び壁に背を預ける。
「……ん、やっぱり遅いなぁ」
もう幾度目かの呟きは、それまでと同様に誰にも届かず消えた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。


ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

杜の国の王〜この子を守るためならなんだって〜
メロのん
ファンタジー
最愛の母が死んだ。悲しみに明け暮れるウカノは、もう1度母に会いたいと奇跡を可能にする魔法を発動する。しかし魔法が発動したそこにいたのは母ではなく不思議な生き物であった。
幼少期より家の中で立場の悪かったウカノはこれをきっかけに、今まで国が何度も探索に失敗した未知の森へと進む。
そこは圧倒的強者たちによる弱肉強食が繰り広げられる魔境であった。そんな場所でなんとか生きていくウカノたち。
森の中で成長していき、そしてどのように生きていくのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる