29 / 49
Ⅳ Cheat
4-2 妖精と魔術師
しおりを挟む
「kизил,кyк,сариk」
小さく唄を口ずさみながら、湖の端に腰掛けた妖精族の少女が足を揺らす。冷たい水が時折服の裾を濡らす事も気にならない様子で、妖精族の少女、メサは人形のように空を眺めながら唄い続けていた。
「сапсар,яшил……」
規則的に紡がれていく声は、だがその途中で緩やかに萎み、薄れて消えていく。
「……あの、どなたでしょうか?」
零になった声が、唄っていた時の半分ほどの声量でようやく搾り出された。
「ひさしぶりだな。いや、会うのが二度目ではそう言うのもおかしな話か」
「アルバトロス卿? どうしてここに……」
純白の髪に、同色の豪奢な装束、更に同色の杖を携えてそこにいた白の魔術師の姿を視界に捉え、メサは口を抑えて驚く。
「アルバでいいと言っただろう。間が空きすぎて、忘れてしまっていても無理はないが」
「すいません、アルバ様。そ、その、お久しぶりです」
驚きが収まったか、ゆっくりと頭を下げるメサに、アルバトロスは手を掲げてみせる。
「畏まらなくてもいい。ここには、俺と君以外には誰もいない」
「誰も、ですか?」
「ああ。護衛役も、この森にすら入って来ていない」
「そうだったんですか……」
幾分か柔らかく微笑むアルバトロスに警戒を解いたように、メサが軽く息を吐く。
「でも、どうしてここに?」
「わかっているだろう、君に会いに来た」
「わ、私に、ですか?」
「いずれまた会おう、と言っただろう。それを果たしに来ただけだ」
またも驚きながらも、メサはなんとか会話を続ける。
「それは、私がアルバ様の転生術において第一の術者だったから、ですか?」
「そうだな……大きく括ればそうなるが、話はもう少し複雑だ」
穏やかな笑みのまま、アルバトロスの右手が自らの胸、そこから頭に向かう。
「この体、あるいは頭と言うべきか、その元の所有者の記憶のほとんどが、今の俺にも継承されている。だが、その死後については当然だが何の知識も残されていない」
「記憶の継承術に関しては、死者の生前の記憶を利用しましたので、そこはご容赦を。本来、記憶継承の目的はその時代の一般常識や言語を引き継いでもらう事で、個人の記憶はあくまでその副産物ですので……」
「君を責めているわけではない。ただの前置き、前提条件について伝えたかっただけだ」
「つまり、転生術について知りたいと?」
「たしかに、それも一つの用件ではあるか」
「では……他に本題が?」
「ああ、そういう事になる」
明らかに緊張を抑えられていないメサの様子に、アルバトロスの口からは自然体の笑みが零れた。
「間違っていなければ、だが。俺は、君に礼を言いに来たんだ」
小さく唄を口ずさみながら、湖の端に腰掛けた妖精族の少女が足を揺らす。冷たい水が時折服の裾を濡らす事も気にならない様子で、妖精族の少女、メサは人形のように空を眺めながら唄い続けていた。
「сапсар,яшил……」
規則的に紡がれていく声は、だがその途中で緩やかに萎み、薄れて消えていく。
「……あの、どなたでしょうか?」
零になった声が、唄っていた時の半分ほどの声量でようやく搾り出された。
「ひさしぶりだな。いや、会うのが二度目ではそう言うのもおかしな話か」
「アルバトロス卿? どうしてここに……」
純白の髪に、同色の豪奢な装束、更に同色の杖を携えてそこにいた白の魔術師の姿を視界に捉え、メサは口を抑えて驚く。
「アルバでいいと言っただろう。間が空きすぎて、忘れてしまっていても無理はないが」
「すいません、アルバ様。そ、その、お久しぶりです」
驚きが収まったか、ゆっくりと頭を下げるメサに、アルバトロスは手を掲げてみせる。
「畏まらなくてもいい。ここには、俺と君以外には誰もいない」
「誰も、ですか?」
「ああ。護衛役も、この森にすら入って来ていない」
「そうだったんですか……」
幾分か柔らかく微笑むアルバトロスに警戒を解いたように、メサが軽く息を吐く。
「でも、どうしてここに?」
「わかっているだろう、君に会いに来た」
「わ、私に、ですか?」
「いずれまた会おう、と言っただろう。それを果たしに来ただけだ」
またも驚きながらも、メサはなんとか会話を続ける。
「それは、私がアルバ様の転生術において第一の術者だったから、ですか?」
「そうだな……大きく括ればそうなるが、話はもう少し複雑だ」
穏やかな笑みのまま、アルバトロスの右手が自らの胸、そこから頭に向かう。
「この体、あるいは頭と言うべきか、その元の所有者の記憶のほとんどが、今の俺にも継承されている。だが、その死後については当然だが何の知識も残されていない」
「記憶の継承術に関しては、死者の生前の記憶を利用しましたので、そこはご容赦を。本来、記憶継承の目的はその時代の一般常識や言語を引き継いでもらう事で、個人の記憶はあくまでその副産物ですので……」
「君を責めているわけではない。ただの前置き、前提条件について伝えたかっただけだ」
「つまり、転生術について知りたいと?」
「たしかに、それも一つの用件ではあるか」
「では……他に本題が?」
「ああ、そういう事になる」
明らかに緊張を抑えられていないメサの様子に、アルバトロスの口からは自然体の笑みが零れた。
「間違っていなければ、だが。俺は、君に礼を言いに来たんだ」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
そして、腐蝕は地獄に――
ヰ島シマ
ファンタジー
盗賊団の首領であったベルトリウスは、帝国の騎士エイブランに討たれる。だが、死んだはずのベルトリウスはある場所で目を覚ます。
そこは地獄―― 異形の魔物が跋扈する血と闘争でまみれた世界。魔物に襲われたところを救ってくれた女、エカノダもまた魔物であった。
彼女を地獄の王にのし上げるため、ベルトリウスは悪虐の道を進む。
これは一人の男の死が、あらゆる生物の破滅へと繋がる物語。
――――
◇◇◇ 第9回ネット小説大賞、一次選考を通過しました! ◇◇◇
◇◇◇ エブリスタ様の特集【新作コレクション(11月26日号)】に選出して頂きました ◇◇◇
料理屋「○」~異世界に飛ばされたけど美味しい物を食べる事に妥協できませんでした~
斬原和菓子
ファンタジー
ここは異世界の中都市にある料理屋。日々の疲れを癒すべく店に来るお客様は様々な問題に悩まされている
酒と食事に癒される人々をさらに幸せにするべく奮闘するマスターの異世界食事情冒険譚
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる