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Ⅱ Proficiency
2-2 遊興
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大魔術師アルバトロス生誕の地で知られるマレストリ王国は、三方を海に囲まれた半島という土地的特性から、つい半年ほど前に唯一の隣接国であるウルマ帝国から宣戦布告を受けるまで、近年至って平和な国として順調に発展を繰り返してきた。
半島の持つ交易面での短所も大規模転移呪文の発明と共に解消され、今や経済的、社会システム的に先進国と呼んで差し支えない王国は、旅行場所や隠居先となる事も多い恵まれた国と言えた。
そして、王宮や騎士団本部のある国の中心部、ソラニア市とその周辺も、当然のように観光名所や娯楽施設を数多く有した活気のある街となっている。
「いやー、やっぱり映像娯楽はアクションに限るねー。あのでっかいスクリーンでわざわざラブストーリーとか見る奴の神経がわかんないよ」
平日の昼過ぎ、人通りの多い道の上、赤髪の若い女がパンフレットを片手に呟く。
「俺からすれば、この時代は見るもの全てが映像娯楽のようなものだがな」
言葉を返したのは、肩が触れ合うほどの近さ、恋人の距離で隣に並んだ黒髪の男。
「で、次はどこ行く? アルバは行きたいとことかないの?」
「特にはない。強いて言うなら、あのビルにでも引っ込んでいた方がいいだろう」
並んだ男女はアルバトロスとアンナの二人、近過ぎる距離は護衛と要人の距離だった。
アルバトロスは白いローブではなく現代風の服装を身に着け、アンナもまたスーツや戦闘用の装束ではなく自らの私服を纏った自然体の姿。
「もう、なんでアルバはそんなに乗り気じゃないの?」
「むしろ、なんでお前がそんなに乗り気なのかが不思議だ。外になど出ずに篭城を決め込んでいた方が護衛としては楽なはずだが」
「だって、ずっと引きこもってても退屈でしょ。せっかく時間が空いてるんだから、遊ばなくっちゃ損じゃん」
「そうか」
視線を向けず、興味を見せないアルバトロスに、アンナが頬を膨らませて前に回り込む。
「それより、外では護衛とか口にしちゃ駄目って言ったでしょ。あと、私の事はちゃんとアンナって呼ばないと恋人に見えないじゃん」
「前者については非を認めない事もないが、後者は拒絶しただろう。この姿ならまず俺が誰だかわかる事はないし、それで気付かれる相手ならば拙い恋人の演技などで誤魔化せるわけがない」
「それはそうだけど……じゃあ、恋人ごっこはいいから名前で呼んでよ」
「遊びだったと認めるのか。潔いが、嫌だ」
覗き込むようなアンナから視線を逸らし、きっぱりと拒絶する。
「えーっ、なんでー。私だってそっちの要望に答えてアルバって呼んでるんだから、アルバだって私の事アンナって呼んでくれてもいいじゃん」
「お前に呼び名を指図した覚えはない。それに、人の話を盗み聞きするような相手と必要以上に親しく付き合っていくつもりもない」
「げっ、また口滑らせた? でもでも、あれは仕方ないじゃん、一応あの時から、もう私が護衛任されてたんだからっ」
更に顔の前に回り込んだアンナの必死の弁解を遮るように、アルバトロスは顔の前に開いた観光ガイド本を持ってくる。
「そうだな、どうしても籠っているのが嫌だというなら、この俺の記念館とやらにでも行ってみる事にしよう」
「話聞いてないしっ! というか、記念館? プライドとか高くなさそうだと思ってたんだけど、アルバってそういうの好きなタイプだったの?」
「讃えられるのは嫌いではない。それに、千年後の世の中で自分について語り継がれているとなれば、それがどういったものか気になるのは当然だ」
「あー、まぁ、それもそっか。うん、じゃあいいよ、行こっか」
衝立代わりのガイド本を掻っ攫うと、アンナは体の向きを反転させる。
「アルバトロス記念館なら、こっちの方に歩いてすぐのとこに――」
羽の生えたような軽い足取りは、しかし一歩を踏み出したところで止まった。
「楽しそうですね、アンナさん」
「げっ……ロシ。こんなところで何してんの?」
一気にあからさまにうんざりした顔へと変わったアンナと対照的に、いつの間にか向かい合う形でそこにいた藍色の髪の青年は涼やかな笑みを浮かべる。
「何、と言われましても……ただ移動していただけですが」
ロシと呼ばれた青年が、視線を隣のアルバトロスへと移す。
「そちらの男性とデートですか。羨ましいですね」
「それほどいいものでもない」
口を開きかけたアンナよりも早く、ロシの言葉にはアルバトロスが返す。
「おや。だそうですよ、アンナさん」
「わざわざ報告せんでいいわ。あんただって、これがどういう状況かわかってんでしょ」
「要は、護衛にかこつけて遊んでるんですよね?」
「そーいう事。そっちも仕事中なんだから、油売ってないでさっさと行け」
「言われなくても。ティアさんに怒られるのは嫌……でもないですけど、色々と面倒な事もありますからね」
ロシが軽く手を振って去っていくよりも先に、すでにアンナは前へと一歩を踏み出していた。
「あれは?」
「ロシ・キルギス。王国騎士団の団長補佐、実質的には副団長みたいなものかな」
慌てるでもなく着いて来たアルバトロスの問いに簡潔に返し、アンナは隣に視線を移す。
「アルバは、あいつの事知ってるんじゃないの?」
「継承された記憶の中に、という意味なら、たしかにそうだ。だが、元から用意された記憶よりも自ら見聞きした知識の方が信用できるのもまた確かだろう。どこから触れるべきかすらわからない一般常識の把握には、この記憶も重宝するが」
「アーチライトの記憶、かぁ。私はそっちの方も気になるかな」
どこか意味あり気に視線を上に移したアンナに、しかし追及の言葉は掛からない。
「さて、どうやらここのようだな。随分と立派な建物だ」
アルバトロスの見上げた先、当人の名が記された巨大な看板とその後ろにある白く巨大な建造物に、アンナも慌ててその足を止めた。
「改めて見ると結構すごいねー。私も入るのは初めてだからちょっと楽しみかも」
「こういった場所を楽しむような性格には見えないが」
「まぁ普通は、ね。でも、奉られてる張本人が一緒ならきっと楽しいでしょ」
屈託のない笑顔を浮かべるアンナと足並みを揃え、アルバトロスは城を象った記念館へと向かっていった。
半島の持つ交易面での短所も大規模転移呪文の発明と共に解消され、今や経済的、社会システム的に先進国と呼んで差し支えない王国は、旅行場所や隠居先となる事も多い恵まれた国と言えた。
そして、王宮や騎士団本部のある国の中心部、ソラニア市とその周辺も、当然のように観光名所や娯楽施設を数多く有した活気のある街となっている。
「いやー、やっぱり映像娯楽はアクションに限るねー。あのでっかいスクリーンでわざわざラブストーリーとか見る奴の神経がわかんないよ」
平日の昼過ぎ、人通りの多い道の上、赤髪の若い女がパンフレットを片手に呟く。
「俺からすれば、この時代は見るもの全てが映像娯楽のようなものだがな」
言葉を返したのは、肩が触れ合うほどの近さ、恋人の距離で隣に並んだ黒髪の男。
「で、次はどこ行く? アルバは行きたいとことかないの?」
「特にはない。強いて言うなら、あのビルにでも引っ込んでいた方がいいだろう」
並んだ男女はアルバトロスとアンナの二人、近過ぎる距離は護衛と要人の距離だった。
アルバトロスは白いローブではなく現代風の服装を身に着け、アンナもまたスーツや戦闘用の装束ではなく自らの私服を纏った自然体の姿。
「もう、なんでアルバはそんなに乗り気じゃないの?」
「むしろ、なんでお前がそんなに乗り気なのかが不思議だ。外になど出ずに篭城を決め込んでいた方が護衛としては楽なはずだが」
「だって、ずっと引きこもってても退屈でしょ。せっかく時間が空いてるんだから、遊ばなくっちゃ損じゃん」
「そうか」
視線を向けず、興味を見せないアルバトロスに、アンナが頬を膨らませて前に回り込む。
「それより、外では護衛とか口にしちゃ駄目って言ったでしょ。あと、私の事はちゃんとアンナって呼ばないと恋人に見えないじゃん」
「前者については非を認めない事もないが、後者は拒絶しただろう。この姿ならまず俺が誰だかわかる事はないし、それで気付かれる相手ならば拙い恋人の演技などで誤魔化せるわけがない」
「それはそうだけど……じゃあ、恋人ごっこはいいから名前で呼んでよ」
「遊びだったと認めるのか。潔いが、嫌だ」
覗き込むようなアンナから視線を逸らし、きっぱりと拒絶する。
「えーっ、なんでー。私だってそっちの要望に答えてアルバって呼んでるんだから、アルバだって私の事アンナって呼んでくれてもいいじゃん」
「お前に呼び名を指図した覚えはない。それに、人の話を盗み聞きするような相手と必要以上に親しく付き合っていくつもりもない」
「げっ、また口滑らせた? でもでも、あれは仕方ないじゃん、一応あの時から、もう私が護衛任されてたんだからっ」
更に顔の前に回り込んだアンナの必死の弁解を遮るように、アルバトロスは顔の前に開いた観光ガイド本を持ってくる。
「そうだな、どうしても籠っているのが嫌だというなら、この俺の記念館とやらにでも行ってみる事にしよう」
「話聞いてないしっ! というか、記念館? プライドとか高くなさそうだと思ってたんだけど、アルバってそういうの好きなタイプだったの?」
「讃えられるのは嫌いではない。それに、千年後の世の中で自分について語り継がれているとなれば、それがどういったものか気になるのは当然だ」
「あー、まぁ、それもそっか。うん、じゃあいいよ、行こっか」
衝立代わりのガイド本を掻っ攫うと、アンナは体の向きを反転させる。
「アルバトロス記念館なら、こっちの方に歩いてすぐのとこに――」
羽の生えたような軽い足取りは、しかし一歩を踏み出したところで止まった。
「楽しそうですね、アンナさん」
「げっ……ロシ。こんなところで何してんの?」
一気にあからさまにうんざりした顔へと変わったアンナと対照的に、いつの間にか向かい合う形でそこにいた藍色の髪の青年は涼やかな笑みを浮かべる。
「何、と言われましても……ただ移動していただけですが」
ロシと呼ばれた青年が、視線を隣のアルバトロスへと移す。
「そちらの男性とデートですか。羨ましいですね」
「それほどいいものでもない」
口を開きかけたアンナよりも早く、ロシの言葉にはアルバトロスが返す。
「おや。だそうですよ、アンナさん」
「わざわざ報告せんでいいわ。あんただって、これがどういう状況かわかってんでしょ」
「要は、護衛にかこつけて遊んでるんですよね?」
「そーいう事。そっちも仕事中なんだから、油売ってないでさっさと行け」
「言われなくても。ティアさんに怒られるのは嫌……でもないですけど、色々と面倒な事もありますからね」
ロシが軽く手を振って去っていくよりも先に、すでにアンナは前へと一歩を踏み出していた。
「あれは?」
「ロシ・キルギス。王国騎士団の団長補佐、実質的には副団長みたいなものかな」
慌てるでもなく着いて来たアルバトロスの問いに簡潔に返し、アンナは隣に視線を移す。
「アルバは、あいつの事知ってるんじゃないの?」
「継承された記憶の中に、という意味なら、たしかにそうだ。だが、元から用意された記憶よりも自ら見聞きした知識の方が信用できるのもまた確かだろう。どこから触れるべきかすらわからない一般常識の把握には、この記憶も重宝するが」
「アーチライトの記憶、かぁ。私はそっちの方も気になるかな」
どこか意味あり気に視線を上に移したアンナに、しかし追及の言葉は掛からない。
「さて、どうやらここのようだな。随分と立派な建物だ」
アルバトロスの見上げた先、当人の名が記された巨大な看板とその後ろにある白く巨大な建造物に、アンナも慌ててその足を止めた。
「改めて見ると結構すごいねー。私も入るのは初めてだからちょっと楽しみかも」
「こういった場所を楽しむような性格には見えないが」
「まぁ普通は、ね。でも、奉られてる張本人が一緒ならきっと楽しいでしょ」
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