上 下
134 / 134
微かな予感には蓋をしたままで

3

しおりを挟む


「んっ……! ちょ、椿くんまっ、……んっ」

 待ったを掛けようと口を開けば、椿くんの舌が口内に侵入してくる。逃げようにも、腰元に回された椿くんの腕が、それを許してはくれない。終わることのない深い口づけに、頭がくらくらしてくる。

「っ、ん……はぁ、はぁ……」

 やっと唇が離れた時には息も絶え絶えだったけど、椿くんは何てことないような涼しい顔をして、私の火照った頬をすりすりと撫でてくる。

「百合子さん、大丈夫?」
「っ、はぁ、大丈夫じゃないよ……!」
「ごめんごめん。百合子さんが俺以外の男の話なんてするから、妬いちゃった」
「妬いちゃった、って……」
「前にも言ったと思うけどさ、百合子さんは男に対しての警戒心がぜんっぜん足りないんだよ。もしそいつにいかがわしいことでもされそうになったら、どうするの?」

 椿くんは至極真面目な顔をして聞いてくるけど、林くんが私にいかがわしいことをしてくる姿なんて、全く想像ができない。
 それに、もし万が一、林くんが私に好意を寄せてくれているようなことがあったとしても、彼は好きな子相手に無理強いをするようなタイプではないと思う。

「林くんはただの職場の後輩だし……そもそも今回は佐々木ちゃんも一緒なんだから、何かが起きる心配なんてないよ」
「……」

 私の返答が、どうやら椿くんはお気に召さないらしい。むすっとした顔で黙り込みながら、何かを訴えるようなまなざしで見下ろされる。
 かと思えば、腰元を引き寄せられた。反対の手で両手首を掴まれ、拘束されてしまう。

「そこまで言うならさ、本気で抵抗してみてよ。俺の拘束から抜け出すことができたら、付いていくのは諦めるからさ」
「……」

 掌を握りしめて、グッと力を込めてみるけど、びくともしない。男と女時点に、そもそも私が、椿くんに力で敵うはずがない。それに、私は……。

「……無理だよ」
「ほらね。だったら…「だって私、本気で抵抗する気がないから。黒瀬くんになら……いかがわしいことだってされてもいいって、思ってるし」

 私の言葉に、椿くんの動きがピタリと止まる。手の力も緩んだので、この隙にと拘束から抜け出して、距離をとろうとした。
 だけどそう簡単に逃がしてもらえるはずもなく、すぐに肩を引き寄せられ捕まってしまう。

「……百合子さんさ。それ、意味分かって言ってるんだよね?」
「わ、分かってるよ」

 旅行の時には萌黄さんたちが訪ねてきたり、椿くんが怪我をしてしまったりで、あれ以来そういう・・・・雰囲気になることはなかった。
 でも、この時間帯に家を訪ねてくる人はいないだろうし、椿くんの背中の傷もふさがっている。

「……俺を煽った百合子さんが悪いんだからね?」
「煽ったって……別にそんなつもりは、」

 反論の言葉は、最後まで言わせてもらえなかった。

 さっきよりもずっと性急なキス。舌の絡まり合う音がダイレクトに鼓膜に響いて、恥ずかしくなる。思わず舌を引っ込めそうになったけど、椿くんはそれを許してはくれない。
 執着に追いかけてきて、まるで全部食べられちゃうみたいな、貪るような口づけに、何も考えられなくなる。
 背中から頭のてっぺんまで、何かがぞくりと駆けあがってくるような、おかしな感覚。それが少しだけ怖くて、だけどそれ以上に、気持ちいいって感情が勝ってしまって。

「んっ……ふぁっ……」

 鼻から息が抜けて、自分のものとは思えない甘ったるい声が漏れる。くたりと身体の力が抜けてしまった。長い口づけから解放されたかと思えば、そのまま椿くんに横抱きにされ、寝室まで連れていかれる。

「百合子さん、緊張してるの? ……可愛い」

 優しくベッドに下ろされたかと思えば、どろりと甘い笑みを浮かべた椿くんが、私の目尻にちゅっと口づけを落とす。髪を撫でてくれるその手つきは優しくて、私を安心させようとしてくれていることが伝わってくる。

「……ねぇ、椿くん」
「ん? なぁに、百合子さん」
「……私、椿くんのことが大好き」

 椿くんを見上げていたら、何だかきゅうって、胸が苦しくなってきて。訳も分からず泣いてしまいそうになってしまって。――多分、これが愛しいって感情なんだろうな。

「……うん。俺も、百合子さんが大好き。百合子さんがいてくれれば、他に何もいらない。一生大切にするって約束する」

 私の言葉に、きゅっと眉根を寄せた椿くんは、切なさと愛しさが混じり合ったような顔をして目を細める。熱を帯びた目が、私を捉えて離さない。

「百合子さん、愛してるよ」
「……うん、私も」

 椿くんの背中に手を回す。それが合図。
 ――長くて甘い夜の、始まりだった。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...