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ささやかな願いを偲ばせて
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しおりを挟む「あの時の男の子、黒瀬くんだったんだね」
「……うん、そうだよ。思い出してくれたんだ」
黒瀬くんは過去に思いを馳せるように、懐かしそうに目を細める。
「正直、暗かったし黒瀬くんもフードをかぶってたから、顔とかはあんまり覚えてなかったんだけど……声をかけたら、すっごく不審そうな目で見られたってことだけは、よく覚えてるよ」
――それに、何かに絶望したような、全てを諦めてしまったような目をしていたことも、はっきりと思い出せる。
「だって、どう見てもガラの悪い俺に物怖じしないで声をかけてくるなんて、普通じゃないなって思ってさ」
「まぁ、普段なら、そのまま通り過ぎてたかもしれないけど……何だか気になっちゃって」
「百合子さん、本当はちょっと怖かったでしょ? 声、ちょっとだけ震えてたし」
「……バレてた?」
「バレバレ」
「だって黒瀬くん、すごい怖い顔で睨んでくるから」
「俺、そんな顔してた?」
「してました。確か、こーんな顔してたと思うよ」
顔にグッと力を込めて怖い顔を作ってみたけど、黒瀬くんには笑われてしまった。
「全然怖くないし、むしろ可愛い」って。
「……俺さ、あの時は色々あって、かなり荒れてて。あの日もそこらのチンピラと喧嘩した帰りだったんだよね。多分、自暴自棄になってるところもあったんだ。もう色んなこと全てが、どうでもよくなってた」
「……うん」
「それなのに百合子さんは、怪我してるからって見ず知らずの俺にお節介まで焼いて、無邪気に話しかけてきてさ。何か分かんないけど、身体の中に在った憑き物が落ちてくみたいに、黒いドロドロが解けていって……ウジウジしてるのが馬鹿らしくなって、気づいたら自然と笑ってたんだよね」
別れ際、あの時の男の子がどんな顔をしていたのか、はっきりとは思い出せないけど……初めに目を合わせた時に感じた怖いって気持ちがなくなっていたことだけは、覚えている。
「百合子さんが純粋に俺のことを心配してくれて、嬉しかったんだよ。ありがとう」
「……うん。どういたしまして」
――黒瀬くんが女性の家を転々とすることを止め、本格的にバーで働き始めたのは、その直ぐ後だったらしい。そして私たちは、あのお店、“Bar curación”で出会った。
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