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ささやかな願いを偲ばせて
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しおりを挟む「昨日は美代さんたちがそのまま部屋に居座ったせいで、百合子さんに触れることもできなかったからね。やっと邪魔者もいなくなったことだし、独り占めさせてよ」
黒瀬くんの言う通り、昨晩は美代さんたちがアルコールを持ち込み、何故かあのまま晩酌を始めてしまった。かと思えば、二時間もしない内にそのまま寝こけてしまったのだ。
素面だった皇さんが、美代さんと萌黄さんを運ぼうとしてくれたけど、もう時間も遅かったので、二人にはそのまま部屋で寝てもらうことにした。
私は美代さんとお喋りができて楽しかったけど、酔いの回った萌黄さんに絡まれていた黒瀬くんは、すいぶんとご機嫌斜めだった。でも、何だかんだ言いながらも、萌黄さんのことをそこまで邪険には思っていないんだろうなぁ。悪態を吐けるのも、気を許しているからこそ、だと思うんだよね。
「それに昨日も言ったけど、何があるか分からないからね。もしもの時に百合子さんを守れるように、そばに居たいんだよ」
「その気持ちは嬉しいけど……でも、そこまでくっつかなくてもいいんじゃないかな?」
やんわり反論して距離をとろうとすれば、黒瀬くんはあからさまにシュンとした顔になる。
「百合子さんは、俺とくっつくの、嫌?」
「え? そんな、嫌とかじゃないけど……」
「それじゃあ何の問題もないよね」
曇り顔から一変、そこには眩しいほどの笑みが広がっている。
――何だか、上手いこと丸め込まれてしまったような気がしないでもないけど……まあ、いいか。
諦めて身体の力を抜けば、満足げに笑った黒瀬くんに左手をとられ、指を絡めるように繋がれる。視線を下ろせば、黒瀬くんの人差し指に巻き付いている絆創膏が目に入った。
「そういえば、昨日のことなんだけどね……私、思い出したの」
「昨日のことって、もしかして、絆創膏を貼ってくれた時に言いかけてたこと?」
「うん。黒瀬くん、前に言ってたよね? バーで会うよりも前に、私たちは出会ったことがあるって」
あの夜は、確か――そう。ぽつぽつと雨が降っていて、傘を忘れてしまった私は、職場にあったビニールの置き傘をさして帰路についていた。だけど気づけば雨は止んでいて、見上げれば、通り過ぎていった雲の後ろで、小さな星々が美しく瞬いていた。
「あの夜ね、不思議な男の子に出会ったの。雨が降っていたのに、傘もささないでずぶ濡れになって、鉄橋の隅に座りこんでた」
フードを深くかぶって、項垂れるように屈み込んで、全てを遮断するように俯いていた男の子。普段なら多分、足を止めることなく通り過ぎていたと思う。だけどあの時の私は、その男の子のことが、どうしても気になってしまって。
「ねぇ、どうしたの? 具合でも悪い?」
――気づけば、声をかけていたんだよね。
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