125 / 134
ささやかな願いを偲ばせて
6
しおりを挟む「ったく、アイツらは……。まあ旅費のことは、また椿と相談すればいいだろ。とりあえず、せっかく京都まできたんだ。歩き回るのは無理にしても、あと二日、どっかで二人のんびり過ごせばいいさ」
「……はい。そうですね」
三人のやりとりを横目に、皇さんと顔を見合わせて笑っていれば、気づいた黒瀬くんがムッとした顔をしてこちらに振り向く。
「ちょっと皇さん。俺が目を離した隙に百合子さんにちょっかいかけるの、止めてくれる?」
「ハハッ、ちょっかいをかけてるつもりはないんだが……横から搔っ攫われたくなかったら、余所見してねーで、ちゃんと見ておくことだな」
「……言われなくても、そうするつもりだよ」
黒瀬くんの声が、若干低くなった。二人の間で火花が散った気がしたけど……それは勘違いかと思うくらいに一瞬のことだった。
「というかさ、アイツらはどうなったわけ? もちろん、ちゃんと後片付けはしてくれたんだよね?」
黒瀬くんが、いつもの調子で皇さんに尋ねる。
「ああ、巻き込んじまった手前、軽くだが説明しておくが……嬢ちゃんを攫ったのは、葛木組っつってな。先々代の時から親交があったんだが、現組頭は違法薬物の売買で組の資金を集めてやがった。最近は人身売買なんかにも手を付けようとしてやがったから、ちぃっとばかし口出しさせてもらったんだが……どうやらそれが気に食わなかったらしい」
「へぇ、余所のシマの事情に首突っ込むなんて、皇さんにしては珍しいね」
「あっちから上手い話があるって持ち掛けてきたんだよ。断ったら、ウチの組の一人がカマシを入れられたんだ。黙ってられねぇだろ?」
――カマシって何だろう?
疑問が顔に出ていたのか、黒瀬くんが「脅されたってことだよ」と教えてくれた。
「でもさ、大丈夫なの? 椿はまぁ良いとしても、アイツらに百合子ちゃんの顔も割れちゃってるわけじゃん? 報復とかさ……狙われるなら、当然百合子ちゃんでしょ」
萌黄さんの一言で、室内にピリッとした緊張感が走る。
「あぁ、それなら心配しなくても大丈夫だ。あの場にいた奴らには、きっちり落とし前を付けさせたからな。それに引退してはいるが、先代は筋の通った人でな。今回の件はそっちにもきっちり報告済みだから、暫くは下手な真似もできねーだろ」
だけど、続けられた皇さんの言葉で、張り詰めた空気が弛んだ。
「まあ、どっちみち俺が全員みなごろ……昨日の記憶がなくなる程度まで再起不能にしようとは思ってたから、百合子さんが狙われるなんて事態は、まず有り得ないけどね」
「……黒瀬くん?」
「百合子さん、すごい顔になってる。もちろん冗談だよ」
――今、皆殺しって言いかけてたよね? そんな無邪気な顔で笑っても騙されないからね? 全っ然、冗談に聞こえなかったんだけど。
「皇さんが言うなら心配ないだろうけど……やっぱり心配だから、百合子さんは当分、俺から片時も離れないでね」
「え?」
「食事中も出かける時も、もちろん、お風呂も寝る時もずっとね。……あ、そういうわけだから、当分そっちの仕事は、俺に入れないでね」
そっちの仕事――つまり、皇さんから依頼を受けてのお仕事ってことだろう。というか、お風呂とか寝る時とか、聞き捨てならない単語が聞こえた気がしたんだけど、これは突っ込んでも良いのかな……?
「まぁ……そうだな。今回は完全にこっちの落ち度だ。暫く椿には、仕事は入れないでおく」
皇さんは苦い顔をしながらも、渋々といった様子で首を縦に振る。
「さっすが皇さん、話が早くて助かるよ」
「正直オマエに抜けられるのは、中々に堪えるがな」
「俺の代わりに拓斗が馬車車のように働くらしいから、問題ないでしょ」
「いやいや、椿の代わりとか、身体がいくつあっても足りないから。勘弁してよ」
私が口を挟む隙もなく、話はとんとん拍子で進んでいく。
まぁ、黒瀬くんに無理はしてほしくないと思っていたところだし、仕事を休んでゆっくりできるなら、それは私としても嬉しいけど。
話を聞きながらも、しっかり口は動かしていたので、お盆の上に並んでいた器は全て空っぽになった。箸をおいて、ご馳走様でしたと手を合わせる。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる