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ささやかな願いを偲ばせて

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「ったく、アイツらは……。まあ旅費のことは、また椿と相談すればいいだろ。とりあえず、せっかく京都まできたんだ。歩き回るのは無理にしても、あと二日、どっかで二人のんびり過ごせばいいさ」
「……はい。そうですね」

 三人のやりとりを横目に、皇さんと顔を見合わせて笑っていれば、気づいた黒瀬くんがムッとした顔をしてこちらに振り向く。

「ちょっと皇さん。俺が目を離した隙に百合子さんにちょっかいかけるの、止めてくれる?」
「ハハッ、ちょっかいをかけてるつもりはないんだが……横から搔っ攫われたくなかったら、余所見してねーで、ちゃんと見ておくことだな」
「……言われなくても、そうするつもりだよ」

 黒瀬くんの声が、若干低くなった。二人の間で火花が散った気がしたけど……それは勘違いかと思うくらいに一瞬のことだった。

「というかさ、アイツらはどうなったわけ? もちろん、ちゃんと後片付け・・・・はしてくれたんだよね?」

 黒瀬くんが、いつもの調子で皇さんに尋ねる。

「ああ、巻き込んじまった手前、軽くだが説明しておくが……嬢ちゃんを攫ったのは、葛木組っつってな。先々代の時から親交があったんだが、現組頭は違法薬物の売買で組の資金を集めてやがった。最近は人身売買なんかにも手を付けようとしてやがったから、ちぃっとばかし口出しさせてもらったんだが……どうやらそれが気に食わなかったらしい」
「へぇ、余所のシマの事情に首突っ込むなんて、皇さんにしては珍しいね」
「あっちから上手い話があるって持ち掛けてきたんだよ。断ったら、ウチの組の一人がカマシを入れられたんだ。黙ってられねぇだろ?」

 ――カマシって何だろう?

 疑問が顔に出ていたのか、黒瀬くんが「脅されたってことだよ」と教えてくれた。

「でもさ、大丈夫なの? 椿はまぁ良いとしても、アイツらに百合子ちゃんの顔も割れちゃってるわけじゃん? 報復とかさ……狙われるなら、当然百合子ちゃんでしょ」

 萌黄さんの一言で、室内にピリッとした緊張感が走る。

「あぁ、それなら心配しなくても大丈夫だ。あの場にいた奴らには、きっちり落とし前を付けさせたからな。それに引退してはいるが、先代は筋の通った人でな。今回の件はそっちにもきっちり報告済みだから、暫くは下手な真似もできねーだろ」

 だけど、続けられた皇さんの言葉で、張り詰めた空気が弛んだ。

「まあ、どっちみち俺が全員みなごろ……昨日の記憶がなくなる程度まで再起不能にしようとは思ってたから、百合子さんが狙われるなんて事態は、まず有り得ないけどね」
「……黒瀬くん?」
「百合子さん、すごい顔になってる。もちろん冗談だよ」

 ――今、皆殺しって言いかけてたよね? そんな無邪気な顔で笑っても騙されないからね? 全っ然、冗談に聞こえなかったんだけど。

「皇さんが言うなら心配ないだろうけど……やっぱり心配だから、百合子さんは当分、俺から片時も離れないでね」
「え?」
「食事中も出かける時も、もちろん、お風呂も寝る時もずっとね。……あ、そういうわけだから、当分そっち・・・の仕事は、俺に入れないでね」

 そっちの仕事――つまり、皇さんから依頼を受けてのお仕事ってことだろう。というか、お風呂とか寝る時とか、聞き捨てならない単語が聞こえた気がしたんだけど、これは突っ込んでも良いのかな……?

「まぁ……そうだな。今回は完全にこっちの落ち度だ。暫く椿には、仕事は入れないでおく」

 皇さんは苦い顔をしながらも、渋々といった様子で首を縦に振る。

「さっすが皇さん、話が早くて助かるよ」
「正直オマエに抜けられるのは、中々に堪えるがな」
「俺の代わりに拓斗が馬車車のように働くらしいから、問題ないでしょ」
「いやいや、椿の代わりとか、身体がいくつあっても足りないから。勘弁してよ」

 私が口を挟む隙もなく、話はとんとん拍子で進んでいく。
 まぁ、黒瀬くんに無理はしてほしくないと思っていたところだし、仕事を休んでゆっくりできるなら、それは私としても嬉しいけど。

 話を聞きながらも、しっかり口は動かしていたので、お盆の上に並んでいた器は全て空っぽになった。箸をおいて、ご馳走様でしたと手を合わせる。

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