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ささやかな願いを偲ばせて
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しおりを挟む「ちょっと待ってね。確かポーチに絆創膏が入ってたはずだから」
持ってきていたポーチから絆創膏を取り出して差し出せば、素直に受け取ってくれた黒瀬くんは、それをまた私に差し出してきた。
「これ、百合子さんが貼ってくれる?」
「あ、自分じゃ貼りづらいよね。うん、もちろん」
剥離紙をはがした絆創膏を、小さな切り傷のある人差し指の付け根あたりにぐるりと巻き付ける。
「はい、出来たよ。……って、」
顔を上げれば、黒瀬くんと目が合う。伸びてきた前髪が目元にかかって陰を作っているけれど、そこから覗く黒曜石の瞳は、私をジッと見下ろしている。
「ありがとう、百合子さん」
“ありがとう、お姉さん”
黒瀬くんが、嬉しそうに笑う。
その表情が、声が。いつの日かの誰かと重なった。
――ぽつぽつと傘を叩く雨粒。透明なビニール傘。雨上がり、瞬く星の綺麗な夜空。鉄橋の上。その隅に座りこんでいた、フードを被った男の子。
「もしかして、あの時の男の子って……」
頭の中で、失くしていることにさえ気づかなかったパズルのピースが、ピタリとはまった音がした。
(きっと……ううん、絶対にそうだ)
確信にも似た思いをはっきりさせるべく、言葉を紡ごうとした。――けれど、障子戸がスパーンッ! と開いた大きな音で、続くはずだった声はかき消されてしまった。
「百合子ちゃん、目が覚めたんだって? 大丈夫?」
静かな空気をガラリと換えた正体の主は、萌黄さんだった。その後ろには、美代さんと皇さんの姿も見える。
「本当に、お前さぁ……」
「お、椿も起きてるじゃん! って、何々? 椿ってば、何か不機嫌? 鉄分と一緒にカルシウムも摂っておく? 牛乳買ってこようか?」
「……マジで、一発ぶん殴ってもいいよな」
「いやいや冗談じゃん! もしかしておれ、またお邪魔しちゃった感じ?」
「存在が邪魔」
「存在が!? それさ、おれに死ねって言ってる!?」
萌黄さんの登場により、室内はたちまち賑やかになった。
黒瀬くんと萌黄さんの、恒例にもなりつつあるバイオレンスなじゃれ合い(?)を見守っていれば、呆れ顔をした美代さんと皇さんも部屋に入ってくる。
「椿も目ぇ覚ましたんだな」
「何よ、全然元気そうじゃない」
「目覚めて一番に百合子さんの顔を見れたおかげでぐんぐん回復してたけど、どっかの馬鹿のせいで、たった今元気がなくなったところだよ」
「あら、それなら私に感謝しなさい。私が百合子ちゃんに、椿の面倒を見ておくように言ったんだから」
「あー、はいはい。ありがと~、美代さん」
「心がこもってない!」
「いった! 俺、一応怪我人なんだけど?」
後頭部を思いきり叩かれた黒瀬くんは、不服そうに唇を尖らせて文句を言っている。だけど美代さんは、黒瀬くんの言葉を華麗にスルーして、持ってきたお盆を私に手渡してくれる。
「はい、百合子ちゃん。お腹空いてるでしょ?」
「わ、美味しそう……! ありがとうございます。正直、お腹ぺこぺこだったんです」
「食欲があるなら大丈夫そうね。ほら、いっぱい食べなさい」
お盆に目を落とせば、湯気を立てたあさりのしぐれ煮茶漬けに、海老や山菜の天ぷら、添えられた小鉢にはお漬物も入っている。美代さんが旅館の人に頼んで用意してくれたんだろう。見ているだけでも、お腹の虫がくぅっと鳴ってしまう。
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