逃げられるものならお好きにどうぞ。

小花衣いろは

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ぶち壊しムードの果てには尋常に勝負

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「嬢ちゃん、寒くないか?」
「はい、大丈夫です。……あの、すみません。私が足を引っ張ってしまったせいで……」

 私と皇さんは、現在進行形で、二人で並んで京都の夜道を歩いている。何故かと言えば、試合で負けてしまい、その罰ゲームで買い出しに行くことになったからだ。
 ちょうどコンビニで買い出しを終えたところで、皇さんの片手には色々なお酒が詰まった袋があって、私の片手にはお菓子やお摘み類が入った袋がある。
 重たい方の袋をサラッと持って軽い方の袋を手渡してくれるさり気ない気遣いから、こういった所もモテる要因になるのだろうな、なんて思った。

「はは、嬢ちゃんだけのせいじゃないさ。オレも椿に何度もスマッシュを決められちまったからな」

 卓球が得意なわけでもない私は、当然美代さんに狙われてしまい、見事な空振りを何度も披露することになってしまった。反対に黒瀬くんは皇さんばかり狙って打っていたけれど、皇さんは、ほとんどのボールをしっかりと打ち返していたように思う。
 でも、こうやって私が気に病まないようにと気遣ってくれたり……本当に優しい人だよね。美代さんがあそこまで惚れ込んでいる気持ちも分かってしまう。

「それに、嬢ちゃんと一緒に抜け出せてちょうど良かったよ」
「え?」

 そう言って立ち止まった皇さんが取り出したのは、綺麗に包装された正方形の包みだった。厚さはなくて、大きさも手のひらサイズだ。

「これは……?」
「開けてみてくれ」

 言われるままに封を開けてみれば、中に入っていたのは白地のハンカチだった。端の方に小さく百合の花が描かれている。

「バレンタイン、美代から貰ったが……あれは嬢ちゃんが一緒に作ったんだろ?」
「え? どうしてそれを……」
「美代の料理の腕前は、俺もよく知ってるからな。だから、これはその礼だ」

 皇さんは、私が美代さんのチョコレート作りに協力していたことに気づいて、わざわざお返しのプレゼントを用意してくれたらしい。
 でも、私から皇さんに直接チョコレートを贈ったわけでもないし、間接的に一緒に作ったとはいえ、あれは美代さんが皇さんに贈ったものだ。

 「受け取れません」って、断ろうと思った。だけど、私が口を開くよりも早く、皇さんは先手を打つかのように言葉を紡ぐ。

「俺の自己満足に付き合わせちまって悪いが、これは嬢ちゃんのために買ったものだ。美代には別にお返しを渡してるからな。嬢ちゃんがいらないってんなら、このまま捨てることになっちまうだろ? だから……迷惑じゃなければ、受け取ってくれねぇか?」

 ――そこまで言われてしまったら、このまま突き返すのも申し訳なく思えてくる。

「それじゃあ……有難く頂きますね」
「あぁ。ありがとうな」

 何故かプレゼントをくれた皇さんにお礼を言われてしまって、私は少しだけ笑ってしまった。
 そんな私の反応を見た皇さんは、優しい微笑みを浮かべている。その表情は、雰囲気は、普段よりもずっと柔らかいものに見えて。

「あの……」
「ん? どうした?」
「皇さんは、皇組の若頭さん、なんですよね?」
「あぁ、そうだ」
「その、普段はどういうことをなさってるんですか? えっと、もし大丈夫なら、聞ける範囲でいいので知りたいなって……」

 密かにずっと、気になっていたことだ。
 皇さんはヤのつくお仕事をしていて、黒瀬くんの雇人のような立場に当たる人だと聞いた。私の中では、ヤのつくお仕事=乱暴な行為で収入を得ている集団ってイメージがあったけど、こうして関わってみれば、皇さんがそういったことに加担しているとは思えないのだ。

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