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ぶち壊しムードの果てには尋常に勝負
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しおりを挟む「お、お待たせしました」
「うん、待ってました」
一足先に露天風呂に浸かっていた黒瀬くん。濡れた前髪は掻き上げられていて、その顔はほんのりと上気している。
「ほら、百合子さんも入って」
「……うん。お邪魔します」
掛け湯を済ませてから、つま先からそっと湯に足を踏み入れる。
肩まで浸かってから、盗み見るように左隣にそっと視線を向けてみる。……うん。いつも以上に色気を増した黒瀬くんの色香に、あてられてしまいそうだ。
「……百合子さん」
「な、何ですか?」
「何でそんなに離れてるの」
「そ、そう? 普通だと思うけど……」
「……」
「いやいや、何で無言で近づいてくるの?」
「だってせっかく一緒に入ってるのに、そんなに離れてたら寂しいじゃん」
黒瀬くんにあっという間に距離を詰められて、気づけば開いていた距離がゼロになる。
「百合子さん……顔が真っ赤だね。お風呂が熱いの?」
「……分かってて聞かないで」
「ふっ、あはは、ごめんごめん」
顔を覗き込んできた黒瀬くんの口許は、ゆるゆると締まりがない。この状況を楽しんでいることが伝わってくる。
余裕そうなその態度が何だか悔しくて、軽く顔にお湯をかけてやれば、黒瀬くんはそんな私のささやかな抵抗にさえも、ひどく嬉しそうに、楽しそうに笑っている。
「黒瀬くん、楽しそうだね」
「そりゃそうだよ。だってやっと百合子さんと二人きりになれたんだからね」
鼻歌まで歌い出した黒瀬くんを見ていたら、私の肩の力も抜けていく。お湯の色は白く濁っているから、その分恥ずかしさもあまり感じない。この距離で入っていても大丈夫そうだ。
「百合子さん、明日はどうしよっか」
明日丸一日は、黒線くんの説得と皇さんからの一声もあって、二人きりで回れることになっている。美代さん達は三人で観光するみたいだ。夕食時に、美代さんが美味しいお店を巡るのだと張り切っていた。
「そうだねぇ……予定では、着物を着て食べ歩きしたり、神社とかを巡るつもりだったよね」
「だね。予定通りで大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。回りながらまた行きたい所が出てきたら、その時に考えよっか」
明日の話をしながら心地の良い湯に身を任せてのんびりしていれば、お腹の辺りに触れる掌に気づいてしまう。
「……黒瀬くん?」
「ん?」
名を呼べば、含みのある笑みを返された。……これは、偶然手が当たったわけじゃないな。確信犯だ。
「というか、百合子さん……」
「……何ですか」
「いや、普段はぺったんこで薄すぎるくらいなのに、今はお腹がちょっとだけポコッとしてるから……何だか可愛いなって」
「うっ……」
――そう。つい先ほどの夕食でいつも以上に食べ過ぎてしまった私のお腹は、平常時に比べてほんの少しだけ、ぽっこりと膨らんでいるのだ。
黒瀬くんの大きな掌が、湯の中で私のお腹をゆるりと撫でる。
指摘されたことで余計に恥ずかしさが込み上げてきた私は、勢いよく立ち上がって温泉から一足先に出る。
「っ、先に上がるね!」
「え、もう?」
「もう!」
「えぇ、ぽっこりお腹の百合子さん、もっと堪能したかったなぁ」
「……そんな意地悪ばっかり言うなら、もう黒瀬くんとは、一緒に入らないからね!」
――多分、今の自分の顔は真っ赤だろうし、年甲斐もないふくれっ面をしていると思う。
ニコニコと悪びれた様子もなく笑っている黒瀬くんにジト目を向けてから、フンッと顔を背けて、一人で室内へと戻った。
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