逃げられるものならお好きにどうぞ。

小花衣いろは

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ラブラブ初旅行計画の行方は?

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「……え、何なのこの人たち。普通に考えたら気を遣って二人きりにしてくれるよね。まさか三日間俺たちに付いてくるつもり? ……は? 無理。絶対に無理。百合子さん、今すぐ此処から逃げよう」

 私の隣でニコニコと笑いながら黙って話を聞いていた黒瀬くんだったけど、一瞬でその顔から笑みを消し去ったかと思えば、私の手を掴んでこの場から逃亡を図ろうとする。

「逃がすわけないでしょ」
「だからさ、椿一人だけ楽しむなんてズルいだろ?」
「っ、離せ‼」

 そして、そんな黒瀬くんの肩を、美代さんと萌黄さん両者がガッチリと掴んで引き止める。

 ――普段は落ち着いていて、余裕のある表情を見せることの多い黒瀬くんが、本気で嫌そうに顔を顰めて抵抗している。
 黒瀬くんの珍しい姿を目にして一瞬呆けてしまったけど、周囲の人たちの視線を集めていることに気づいて、慌てて仲裁に入る。

「とりあえず、まずは皆でお昼を食べませんか? それからどうするかは、食べながら話しましょう」
「……まぁ、百合子さんがそう言うなら」
「そーだね。せっかく京都まできたのに、揉めてる時間が勿体ないし」
「分かったわ。それじゃあ、早くお店に行きましょ」

 何とか落ち着いてくれた三人を見てひっそりと安堵の息を漏らしていれば、皇さんが隣までやってきて、労いの言葉を掛けてくれる。

「嬢ちゃん、お疲れさん」
「いえいえ」
「にしても……今回は本当にワリィな。邪魔した挙句に、コイツらの面倒まで見させちまって」
「そんな、皇さんが謝ることじゃありませんよ」
「……嬢ちゃんは本当に懐の広い女だな。文句の一つや二つ言ったって罰は当たらねーと思うぞ?」

 皇さんが呆れを孕んだような溜息を漏らしながらも、優しい目で私を見下ろしている。そしてそのまなざしを、また小さな言い合いを始めている三人に向けた。
 私もその視線の先を辿れば、小さく悲鳴を上げている萌黄さんと、物凄く良い笑顔で萌黄さんの頭部をがっしり掴んでいる黒瀬くんに、その様を可笑しそうに笑いながら見ている美代さんがいて。

「ったく、アイツらはガキか」
「ふふ、本当ですね。でも……私、ちょっと嬉しいんです」
「嬉しい?」
「はい。黒瀬くんって、私と一緒の時はすごくしっかり者で、大人びた顔をしていることが多いんです。だから、あんな風にふざけ合ったりしている黒瀬くんは、年相応の男の子って感じの顔をしていて……何て言うか、すごく新鮮です」

 二人きりの時には、私より年下のはずなのに、私よりもずっとしっかりしていて大人びた雰囲気を纏っている黒瀬くん。だけど今は、無邪気な表情で萌黄さんたちと語り合っている。
 嫌そうに顔を顰めたり、悪態を吐いてもいるけれど……それは心を許している相手だからこそ、だろう。

「ま、好いてる女の前では格好つけたいってのが男のさがだからな。そんだけ嬢ちゃんに惚れ込んでるってことだろーよ」

 普段あまり目にすることのない黒瀬くんの姿が垣間見れて、嬉しい気持ちが胸に広がる中――ほんの僅かに感じていた私の寂しい気持ちを汲んでくれたかのように、皇さんは優しい言葉を掛けてくれる。

「何て言うか、皇さんって……すごく大人ですよね」
「ん? そりゃあ、嬢ちゃんよりも数年は年食ってるからな」

 フッと息を漏らすように笑って目を眇めた皇さんに、軽く頭を撫でられる。
 けれどその手は、直ぐに離れていった。

「二人でコソコソ、何話してるの?」

 私の身体を引き寄せたのは、黒瀬くんだった。見上げてみれば、それはもう不機嫌そうな顔を隠しもせずに、ジトリとした物言いたげな目で皇さんを見つめている。

「何だ椿、もしかして妬いてんのか」
「そうだけど、悪い?」
「ハハ、即答か。いや、悪くはねーよ。……嬢ちゃんみたいなイイ女を捕まえられて、椿は幸せもんだなって話をしてたんだよ」

 ニヤリと笑った皇さんに「な、嬢ちゃん?」と振られるけど、そんな話をした記憶は全くありません。
 ブンブンと首を横に振って返せば、皇さんはクツクツと可笑しそうに笑いながら、数メートル離れた所にいる美代さんたちの方に歩いて行ってしまった。

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