逃げられるものならお好きにどうぞ。

小花衣いろは

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ヤンチャと策士は紙一重?

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「……黒瀬くんってさ、何でそんなに喧嘩が強いの?」
「えぇ、そうだなぁ……。まぁ、昔はちょーっとヤンチャしてたからね。その過程でって感じかな」
「へぇ。それじゃあさっきの男の子たちも、その過程で知り合ったってこと?」
「うーん、全く覚えがないけど……もしかしたらそうかもね」

 多分黒瀬くんが覚えていないだけで、確実にそうなのだろう。さっきの鼻ピアスくんは、黒瀬くんの名前までしっかり言い当てていたのだから、それで人違いというのもおかしな話だし。

 黒瀬くんは多分、自分にとって必要か不必要か、情報を分別するのが上手いんだろうな。……それにしては、綺麗さっぱりデリートしすぎていると思うから、逆にそのせいで厄介ごとを増やしているような気もするけど。

 以前街中で、黒瀬くんに声を掛けて、冷たい対応をとられていた女の子のことを思い出してしまった。きっとあの子も鼻ピアスくんと同じように、本当に関わりがあった子だったんだろうな、って。

「百合子さんは、喧嘩とは無縁そうだよね」
「まぁ……それはそうだね」
「すぐやられちゃいそう」

 何故だかクスリと笑われてしまった。そりゃあ黒瀬くんからしてみたら、私なんてちっちゃいありんこみたいな存在に見えるのかもしれないけど……何だかちょっとだけ、悔しくなってくる。

「私だって本気を出せば……案外すごい力を秘めてるかもしれないでしょ?」

 黒瀬くんの肩に「えいっ」ってグーパンチをお見舞いすれば、それを受けた黒瀬くんは、わざとらしく「うっ……」って肩を抑えてやられた振りをしてくれる。

 何だかそんなやりとりに恥ずかしくなってきて、私はフイッと顔をそむけた。

「……もうっ、子ども扱いしないでよね!」
「百合子さんが先にやったことなのに、照れてるの?」

 ――何か、拗ねているみたいな口調になっちゃった。

 自分の言動にますます気恥ずかしくなってくる。そんな私の言葉を聞いた黒瀬くんは、また可笑しそうに笑っている。

「まぁ……俺は百合子さんのことを子ども扱いしたことなんて、一度もないけどね」

 その言葉の直後。黒瀬くんの大きな掌が私の右頬に触れたかと思えば、顔の向きを変えられて、そのまま口づけられた。触れ合った唇は数秒もせずに離れていったけれど、最後にチュッとわざとらしいリップ音を立てられる。

「……ほら、子ども相手にこんなキス、できないだろ?」

 見つめ合ったまま、至近距離で囁かれたことで、身体中が急速に熱を持つ。

「こ、此処、外!」
「うん、知ってるよ?」
「だ、誰かが見てるかもでしょ!?」
「別に俺は見られても困らないけど? むしろ百合子さんは俺のだって見せつけてやりたいくらいだし」
「っ、……もういいから! ほら、早く行くよ! ランチタイムが終わっちゃう!」
「ふっ。うん、そうだね」
「……」

 最後の負け惜しみにと、もう一度無言でグーパンチをお見舞いする。

 さっきよりも力をこめた私のパンチに、黒瀬くんは「いてっ」と脇腹を抑えて声を漏らしながらも――その声音は、やっぱり痛くも痒くもなかったんだろうなということが分かるくらいには、楽しそうに揺らいでいた。

 ……やっぱり黒瀬くんには、早々敵いそうにない。

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