逃げられるものならお好きにどうぞ。

小花衣いろは

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ヤンチャと策士は紙一重?

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「百合子さん、おかえり」

 仕事を終えて真っ直ぐに帰宅すれば、出迎えてくれたのは、珍しく眼鏡をかけている完全オフモードの黒瀬くんだった。グレーのダボダボのスウェットに黒のパンツというラフな格好だが、黒瀬くんが身に付けていれば、それでさえもすごくオシャレに見えてしまう。……顔の良い人は何を着ていても様になるから、ズルいと思うんだ。

「ただいま。……黒瀬くん、今日は何時から仕事だったっけ?」
「今日は二十一時からだよ」
「そっか。それじゃあ夜ご飯も食べていくよね?」
「うん」
「よかった。今日はパスタにしようと思ってるんだ」
「ミートソースの?」
「あと、明太子のパスタも作ろうかなって」
「二種類も作ってくれるの? 贅沢だね」

 黒瀬くんは細い見た目に反していっぱい食べてくれるから、私としても作りがいがあるのだ。黒瀬くんは「百合子さんのパスタ、楽しみだな」と嬉しそうに笑っている。

 ――玄関前で待ちぼうけさせてしまったあの日から、こうして黒瀬くんが出迎えてくれることが増えた。あの一件のすぐ後、黒瀬くんに合鍵を渡したからだ。

「私のことは気にしないで、いつでも上がっていいからね」

 そう伝えた私の言葉通り、黒瀬くんは私が留守にしている間でも、当然のように合鍵を使って部屋に上がり込んでいる。だけどいつも定位置のソファに座ってテレビを観たりスマホをいじっているだけで、例えば棚やクローゼットの中を勝手に見たり、私物に触ったりするようなことは絶対にしない。

 冷蔵庫の中のものとかは勝手に使っていいって伝えてあるんだけど……本棚の書籍だったりCDだったり、気になるものがあった時には、黒瀬くんは必ず私に許可をとってくれる。

 まぁ、これが当たり前のことなのかもしれないけど……普段の黒瀬くんの言動を見ていると、強引で遠慮なんてしないような人に思えていたから、案外そういうところの線引きはしっかりする人なんだなって、ほんの少しだけ驚いてしまった。

「それじゃあ行こっか」

 今日は有給消化で昼までの勤務だったから、それを黒瀬くんに伝えたところ、デートのお誘いを受けていたのだ。ランチは最近駅前にオープンしたばかりのカフェでとろうと決めていた。だから、夕食のパスタはまだまだ先だ。

 お互いに着替えて準備を終えてから、一緒に家を出る。
 平日の真昼間ということもあるのか、いつもより人通りはまばらだ。上空を見上げれば雲一つない青空が広がっている。

 まだ少しだけ肌寒いけど、薄手のコートを羽織っているから体感温度的には丁度いい。気持ちの良い天気だ。

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