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全部全部、君だから。理由はそれだけで十分で。
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しおりを挟む「もうっ、何で外で待ってたの? 確か黒瀬くん、今日は二十時で上りがだって言ってたよね? ……まさか、それからずっと待ってたとか言わないよね?」
「……ん?」
――あ、これは絶対に待ってたやつだ。
「笑って誤魔化さないでください。……本当に風邪引いちゃうでしょ」
「ごめんごめん。少しだけ待って帰ってこなかったら、諦めて帰ろうと思ってたんだけど……気づいたらこんな時間になってたんだよ」
へにゃりと眉を下げて微笑んだ黒瀬くんは、少しだけ体温を取り戻した身体で、私をそっと抱きしめる。
「今日は、仕事で疲れてる百合子さんを甘やかしにきたんだ」
「……私を甘やかしに?」
「うん、そう。……っていうのもあるけど、本当はそれも建前かな。ただ俺が、百合子さんに会いたかっただけ」
身体を離した黒瀬くんは、冷えた指先で、私の目下をそっと撫でる。
「クマができてる。眠れてないの?」
「……仕事、忙しかったから」
「そっか。でも明日は休みなんだよね?」
「うん」
「それじゃあ今日はいっぱい寝て、明日は百合子さんの好きなカフェのケーキ、一緒に食べに行こう。外に行くのが面倒だったら、俺が買ってくるから家で食べよ」
黒瀬くんは私の頬をゆるりと撫でながら、甘い蜜を溶かしたようなまろやかな目で、私を見つめている。
「黒瀬くんは……私に甘すぎると思う」
「そう? だとしても、百合子さんにだけだよ」
「……そうなの?」
「うん。好きな人にはいつだって優しくしたいし、とびきり甘やかしたい。当然だろ」
君にだけだよ、なんて、少女漫画や恋愛ドラマでしか聞かないような気障な台詞もさらりと口にしてしまう。
もう十分に分かっていたつもりだけど、黒瀬くんには恥ずかしいといった概念がないのかもしれない。そしてそんなストレートな言葉に、私はいつだって喜びを感じてしまう。
「黒瀬くんと一緒にいたら私、このまま堕落したダメ人間になっちゃいそう」
「それもいいね。もう俺なしじゃ生きていけない身体になってくれたら本望なんだけどな」
「……それはちょっと怖いから、却下で」
「ふっ、残念」
私が真顔で返せば、黒瀬くんのツボに入ったのか、クツクツと喉を鳴らして笑っている。
もしかしたら黒瀬くんには、私の心の内なんてお見通しなのかもしれない。――それもまんざらでもないって、そんなことを考えてしまったこと。
それに、私が甘やかせるような存在にならないとって思っていたはずなのに、結局、私ばかりが甘やかされている。だけど黒瀬くんが嬉しそうに笑ってくれているから……今日はこのまま、存分に甘やかしてもらおうかな。
私はいまだに笑い続けている黒瀬くんの頬っぺたを「いつまで笑ってるの」って軽く抓ってから、その腕の中に飛び込んだ。バニラとホワイトムスクみたいな、甘くて柔らかな匂い。黒瀬くんの匂いだ。……すごく安心する。
久しぶりに感じる温もりに、私はそのまま身をゆだねた。
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