逃げられるものならお好きにどうぞ。

小花衣いろは

文字の大きさ
上 下
81 / 134
全部全部、君だから。理由はそれだけで十分で。

1

しおりを挟む


「ねぇ、例の彼氏くんとは上手くいってるの?」

 トマトクリームのパスタをフォークにクルクル巻きつけながらも、三奈の視線は器用にもまっすぐ私に向けられている。今は昼休憩中で、二人で昼食をとっているところだ。
 瞳を輝かせている彼女は、自分が話すことはもちろん、人の恋愛話を聞くことも好きなのだ。パスタを巻き付けたフォークはそのままに、期待に満ちたまなざしで私の答えを待っている。

「うん、まぁ。……というか、やっぱりパスタも美味しそうだね。次は私もパスタにしようかなぁ」

 私はきのこのクリームパスタと迷って、最終的にはオムライスを注文した。だけどやっぱり、パスタも美味しそうだ。艶々のオレンジ色のソースに目を奪われる。
 そんな私の返答に、何故か三奈は不満そうに頬をふくらませている。

「もう、それだけ? もっと何かないの?」
「何かって?」
「何かって、惚気よ惚気! 普段は優しい彼も、夜のベッドの上ではもう凄くてぇ、とか!」
「ぐふっ、ちょ、ちょっと三奈、声が大きい!」

 思わず飲んでいたアイス珈琲を噴き出しそうになった。咄嗟におしぼりを口許にあてて拭いながらジト目を向けるけど、三奈は私の視線なんて然して気にしていない様子で笑っている。

「……此処、一応職場に併設されてるカフェだってこと、分かってるよね?」
「もちろん知ってるわよ」
「それじゃあもう少し声、抑えて! 周りで誰が聞いてるかわからないんだからね……!」
「もう、百合子ってば相変わらず奥手ねぇ。それに、誰も私たちの会話なんて気にしてないから大丈夫よ」

 三奈のサバサバした性格は好意的に思っているけど、こういう何でもかんでもオープンなところは、実はほんのちょっとだけ苦手だ。三奈の言う通り奥手な私からしたら、いつだって羞恥心や周囲の目が気になる気持ちが勝ってしまうから。

「……そういう三奈はどうなの?」
「私?」
「例の彼氏さんとは、上手くいってるんでしょ?」

 三奈にされた質問をそのまま返せば、待ってましたと言わんばかりの笑顔でマシンガントークを繰り出す。

「そう、もう聞いてよ! 彼ね、実は結構シャイな人で、普段は素っ気ない時も多いのよ! だけどね、この前なんて私に内緒で、ケーキを用意してくれてたの!」
「三奈、誕生日だったもんね」
「そう! あ、百合子もプレゼントありがとね!」
「いえいえ」
「それでね、そのケーキなんだけど、サプライズだって言って部屋の飾りつけとかもしてくれてたのよ? しかも料理も手作りで! もうめちゃくちゃかわいくない? 母性っていうの? 何かこう、愛しい気持ちがあふれちゃって……! あっ、それにこの前なんてね――」

 三奈の惚気話に相槌を打ちつつ、適温に冷めたオムライスを頬張っていれば、私の後輩にあたる佐々木ちゃんがこちらに駆けてくる姿が目に入ってきた。
 彼女は派遣社員の子で、二か月という期間付きで、つい最近ウチの部署に入ってきたばかりだ。デスクが隣同士なこともあって、業務の合間に雑談を繰り広げることもある。とてもいい子であることには違いないんだけど……。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

残念ながら、定員オーバーです!お望みなら、次期王妃の座を明け渡しますので、お好きにしてください

mios
恋愛
ここのところ、婚約者の第一王子に付き纏われている。 「ベアトリス、頼む!このとーりだ!」 大袈裟に頭を下げて、どうにか我儘を通そうとなさいますが、何度も言いますが、無理です! 男爵令嬢を側妃にすることはできません。愛妾もすでに埋まってますのよ。 どこに、捻じ込めると言うのですか! ※番外編少し長くなりそうなので、また別作品としてあげることにしました。読んでいただきありがとうございました。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

処理中です...