逃げられるものならお好きにどうぞ。

小花衣いろは

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たくさんの知らないこと

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「そういえば美代さんって、皇さんとは長いお付き合いなんですよね?」
「えぇ、まあね。元々慎二さんの部下として働いていたのよ」
「へぇ。それじゃあ、一緒に働くなかで皇さんのことが好きになったんですか?」
「ま、まぁ……そういうことになるわね」

 美代さんは頬をぽっと赤く染めてボソリと呟いた。照れている表情が可愛らしい。

「……私って、元々女顔だったからね。周りの男どもから舐められることも多かったのよ。でも慎二さんは私の能力を買ってくれて、信じて仕事を任せてくれるから……あの人のことは、上司としても尊敬してるのよ」
「そうなんですね。……とっても素敵な関係ですね」

 皇さんのことを話す美代さんの瞳は、きらきらと輝いて見える。いつもの大人びた表情とはまた違った、少女のようなあどけなさが垣間見えて、美代さんが心から皇さんを慕っているのだということが伝わってくる。

「それなのに椿ったら、慎二さんにも生意気なこと言ったりして……そもそも私の方が先輩なんだから、私を敬いなさいって話なのよ」
「あれ、黒瀬くんと美代さんは、同期とかってことではないんですか?」
「そうよ、私の方が先輩なの。椿は一時期、私の家に住んでたことがあったんだけど……その時に、私が椿を慎二さんに紹介したのよ。そしたら慎二さんが椿を気にいって、一緒に働くことになったの」
「そうだったんですね」

 私は黒瀬くんについて、まだまだ知らないことがたくさんある。初めて知る黒瀬くんの過去に――知れて嬉しい気持ちと同時に、彼のことをもっと知りたいという欲が、当然生まれてきてしまうもので。

「あの……よければ黒瀬くんの話、もっと聞かせてもらえませんか? その、言える範囲で良いので……」
「……しょうがないわね。これはチョコのお礼だからね」

 ニヤッと笑った美代さんは、黒瀬くんと一緒に任務に当たった時のエピソードや、皇さんの指示で黒瀬くんが女装をして敵対する組の幹部会に潜入していた時の思い出話など、色々なことを教えてくれた。
 そんなことを話しながらチョコを作っていれば、時間はあっという間に過ぎ去っていて、待ちくたびれたらしい黒瀬くんがキッチンに顔を出したことにより――

「ちょっと! ここは男子立ち入り禁止よ?」
「ん? ……美代さんには言われたくないかな」
「は? ……喧嘩売ってんの?」
「売ってない。俺は百合子さんに用があるだけ」
「百合子ちゃんは私と女子トーク中なのよ」
「だから、――……」

 ――美代さんとのいつもの笑顔の応酬が始まってしまったのだった。

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