逃げられるものならお好きにどうぞ。

小花衣いろは

文字の大きさ
上 下
73 / 134
ショッピングと贈り物

5

しおりを挟む


「……美代さん、すごかったなぁ」

 エアホッケーを終えた私たちはゲームセンターを出て、一休みしていた。
 黒瀬くんは飲み物を買いに、美代さんはお手洗いに行っている。皇さんとロビーの空いていたソファ席に腰を下ろして二人が戻ってくるのを待ちながら、つい先ほどの光景を思い出して感嘆の声を漏らしてしまう。

「アイツは昔から、負けず嫌いな気があるからな」
「昔から……美代さんと皇さんは、長いお付き合いなんですか?」
「あぁ。アイツがまだケツの青いガキだった頃から知ってる」
「へぇ、そうなんですね。それにしても……美代さん、ホッケー強かったですよね。その……お綺麗で、運動神経もいいなんてさすがですね!」

 美代さんの良いところを言葉にして、皇さんに少しでも意識してもらおう作戦だ。まぁ二人の付き合いは長いというから、皇さんは私以上に、美代さんの良いところをたくさん知っているのだろうけど。

「そうだな。本当に……男とは思えねぇくらい可愛い面してるってのにな」
「はい。本当に、男とは思えないくらい……、……えっ?」

 ――皇さん、今、何て仰いましたか?

 聞き間違いかと思って問いかければ、一言一句、違わない言葉が返ってくる。

「ん? 男とは思えねぇくらい可愛い面してるって言ったんだ」
「……えっと、その可愛い面をしてるのって……」
「? あぁ、美代のことだ」

 ――まさかの衝撃の事実に驚き固まっていれば、皇さんに「おい、どうした?」と顔の前でひらひらと手を振られる。

 そこに、飲み物を買いに行っていた黒瀬くんと、お手洗いに行っていた美代さんが一緒に戻ってきた。

「み、みみ、美代さん……!?」
「ちょ、ちょっと何? どうしたのよ」

 戸惑った様子で顔を顰めている美代さんに詰め寄る。

「み、美代さんが、お、男っていうのは……あの……」
「……あぁ、そのこと。そうよ。言ってなかったっけ?」

 美代さんは私の言わんとすることを察したらしい。けろっとした表情で肯定される。

「き、聞いてないですよ……!」
「そう? てっきり椿に聞いてると思ってたわ」

 黒瀬くんに顔を向ければ、黒瀬くんはにこりと笑って一言。

「あれ、言ってなかったっけ?」
「っ、聞いてないよ……‼」

 黒瀬くんに詰め寄れば「わ、百合子さんってば積極的」だなんて揶揄い雑じりに喜ばれ、何故かそのまま抱きつかれた。その背中をぺしりと叩いて腕の中から抜け出す。

「あんたたち、人前でいちゃついてんじゃないわよ」
「す、すみません」

 美代さんにじろりと睨まれてしまったので、大人しく謝る。

「それに男とか女とか……そんなの些細なことなんだから、どっちでもいいでしょ」
「そ、それはまぁ、そうですけど……」

 今どき同性同士で恋愛することだって普通のことだし、異議を唱えるつもりも否定するつもりだって毛頭ない。でも、事前に教えてもらいたかったっていうのが本音ではある。すごくびっくりしたから。

「だって私、男とか女とか関係なく可愛いし?」

 美代さんは「うふっ」と笑ってあざとくウィンクすると「というか、久々に本気出して疲れちゃった。椿、肩揉んでちょうだい」と私が座っていたソファ席に腰を下ろした。
 どこまでも我が道を行く人だ。黒瀬くんはそんな美代さんの言葉をサラッと無視して、買ってきた飲み物を手渡してくれる。

「はい、これ。百合子さんの分ね」
「あ、ありがとう」
「ちょっと椿、早く肩揉んでよね」
「はい、これは皇さんの」
「……何で嬢ちゃんのは冷たい紅茶で、俺のはお汁粉なんだ?」
「え、お汁粉とか、皇さん好きそうだなって思って」
「……いや、まぁいいけどよ。ありがとな」
「ちょっと椿! 無視してんじゃないわよ」
「ええ、何で俺が美代さんの肩を揉まなきゃいけないわけ? 皇さんに頼めば?」
「っ、はあっ!? し、慎二さんに頼むなんて、そ、そんなのできるわけ……」
「ん? 何だ、呼んだか?」

 ――カオスだ。目の前に、混沌とした空間が広がっている。

 黒瀬くんは多分美代さんのことを揶揄っているのだろうし、美代さんは一人でテンパっているし、皇さんは……多分、何も分かっていないのだろう。

 黒瀬くんが買ってきてくれた紅茶を飲みながら、騒がしいやりとりを静観しつつ――たまにはこんな賑やかな休日を過ごすのも悪くないなと、そう思いながら。目が合った黒瀬くんと笑い合った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

処理中です...