逃げられるものならお好きにどうぞ。

小花衣いろは

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ショッピングと贈り物

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「百合子さんはホッケー得意なの?」
「ううん、正直全然……だから黒瀬くんの足を引っ張っちゃうかも」
「ふっ、了解。それじゃあ、百合子さんにいいとこ見せるチャンスだね」

 黒瀬くんの頼もしい言葉に安心して笑っていれば、それが聞こえたらしい皇さんが「こっちも負けてらんねぇな」と美代さんに話しかけているのが聞こえてきた。
 けれど美代さんは「……そ、そうですね」と反対方向を向いて、たじたじな様子で言葉を返している。――美代さんが、皇さんと二人きりで話が持たなくなったらどうしようかと心配していた理由が分かった気がする。

「うしっ、じゃあ始めるか」
「皇さん相手だからって、手加減しないからね」

 こうしてエアホッケー対決が始まった。黒瀬くんは宣言通り、私のミスをカバーしながら、一人でどんどん点を決めていく。対する皇さんも、獲られた点はきっちり獲り返してくる。すごく良い勝負だ。

「黒瀬くん凄い……!」
「やった、百合子さんに褒められちゃった」

 黒瀬くんは満足そうに微笑んだ。得点はこちらが二点リードしている。このままいけば勝てるだろう。私は喜びながらも、視線をチラリと前方に向ける。

 ――美代さんは初めこそ皇さんとコミュニケーションを図ろうと頑張っていて、パックの打ち合いが止まったタイミングで皇さんに声を掛けていた。

「つ、次は私が点を獲りますから」
「お、頼もしいな」

 先ほどよりもずっと良い雰囲気で話す二人を、私も微笑ましく見ていたのだけど――さっきから、何だか美代さんの様子がおかしい。俯いてブツブツと何かを呟いている。

「ねぇ黒瀬くん、何だか美代さんの様子……変じゃない?」

 小声で聞いてみれば、美代さんに視線を送った黒瀬くんはその顔に苦い笑みを浮かべた。

「え? ……あぁ、もしかしたら……美代さんのスイッチが入っちゃったのかもしれないね」
「スイッチ? それってどういうこと?」

 詳しい話を聞こうとしたその時――私と黒瀬くんのいる台に向かって、物凄いスピードでパックが滑り込んできた。どうやら美代さんたちの方にポイントを一点獲られてしまったようだ。というか、今パックを打ち込んできたのって……。

「おい椿、テメェ……あんま調子に乗ってんじゃねえぞ?」

 ――え? ……えっ、今の声って……美代さん、だよね?

 視線を前方に向ければ、マレットを構えた美代さんがぎらつく目で私たちを見据えている。その表情は、獲物を狩る肉食動物を彷彿とさせるような――それくらいの並々ならぬ気迫を感じる。正直怖い。普段の美代さんとは別人だ。

「あー……百合子さんはちょっと下がってていいよ。ああなった美代さん、結構やばいからさ」

 黒瀬くんはそんな美代さんの姿も見慣れているのか、からりと笑って私の前に立った。

 そして、その後は黒瀬くんの言う通りで――本気モードに入った美代さんの猛攻は、凄まじかった。黒瀬くんが撃ち込んだパックはことごとく美代さんに打ち返され、私たちは成す術もなくあっという間に負けてしまったのだ。

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