逃げられるものならお好きにどうぞ。

小花衣いろは

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コイバナと予想外の展開

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 ――もしかしたら美代さんは、本気で黒瀬くんのことが好きなのかもしれない。

 初対面の時には、黒瀬くんのことを顔しか取り柄がないとかちょっと面倒だとか、中々に散々なことを言っていた気がするけど……実はまだ黒瀬くんのことが好きで、だけど素直になれなくて、あんな言い方しかできなかったのかもしれない。普通なら、元カレと顔を合わせづらいと感じる人は多いと思うけど、美代さんはこうして黒瀬くんのもとまでわざわざ足を運んでいるのだ。その理由にも納得がいく。

 広がる憶測がどんどん確信めいたものに変わっていく。落ち込んでいる様子の美代さんに何て言葉を返そうかと考えていれば――カウンター越し、目の前まできていた黒瀬くんに声を掛けられる。

「百合子さん、絶対に勘違いしてると思うから言っておくけど……美代さん、俺以外に好きな人がいるからね」
「……え?」
「ほら、ついこの前会ったでしょ? 黒スーツの人。俺の副業の方の上司で――名前は皇慎二すめらぎしんじさんっていうんだけどね」

 ――皇さん。私が一人で勝手に勘違いして仕事中の黒瀬くんのもとに駆け付けた際、対面した男性だ。そう言えば、美代さんも黒瀬くんと同じようにその副業とやらをしてるんだっけ。それなら、美代さんと皇さんが知り合いだというのも納得だけど……。

 考え込んでいれば、いつの間にか顔を上げていた美代さんが詰め寄ってくる。

「百合子ちゃん、慎二さんに会ったの……!?」

 その勢いに圧されて、上半身を仰け反らせながら頷けば、美代さんはムッとした顔で私の左頬を軽く引っ張った。

「何よ、慎二さんにまで会ったなんて……私なんて、今年に入ってまだ一度も顔を合わせられてないってのに」

 今の発言を聞くに、美代さんは本気で皇さんに思いを寄せているようだ。でも、それならどうして……。

「あの……それなら黒瀬くんじゃなくて、皇さんを買い物に誘えばいいんじゃないですか?」

 純粋な疑問をぶつければ、美代さんは決まりの悪そうな顔で視線を逸らす。

「だって椿なら、慎二さんの好みとか、私以上によく知ってるから……服とか選んでもらおうと思ってたのよ。本人を誘うには、まだちょっと……あれだし」
「……なるほど」

 ――どうやら美代さんは、本気で好きな相手には奥手になってしまうタイプのようだ。

 恥じらう姿が可愛らしく思えて、少しだけほっこりしてしまった。

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