逃げられるものならお好きにどうぞ。

小花衣いろは

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コイバナと予想外の展開

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「ね~え、いいでしょ椿!」

 “Bar curación”にて。私の隣に座っているのは、つい二か月ほど前に知り合った美代さんだ。今日も変わらず美しく、得も言われぬ存在感を放っている。
 そんな美代さんが一心に声を掛ける先には、カウンター内でグラスを拭いている黒瀬くんがいる。

「ちょっとくらいいいでしょ、付き合ってくれたって」
「無理かな」
「何よ、たかが買い物じゃない!」

 話を聞いている限り、どうやら美代さんは、黒瀬くんと一緒にショッピングに行くことをご所望のようだ。だけど黒瀬くんはさっきから「無理」「行かない」の一点張りで、首を縦に振る気配は微動も見られない。

「……何でよ」

 美代さんが不機嫌であることを顕わにした表情で、あからさまにむくれている。

「俺には百合子さんがいるから」

 黒瀬くんがサラリと答える。

「……今までは彼女がいたって、買い物には付き合ってくれてたじゃない」
「うん、今まではね。でもこれからは無理」

 黒瀬くんに向けられていた美代さんの視線が、私に突き刺さってくる。――ものすごく、見られている。というか、睨まれているのをひしひしと感じる。

「……ねぇ百合子ちゃん、いいでしょ? ちょっとだけ椿のこと貸して? お願い」

 にこりと口角を持ち上げた美代さんが、猫なで声を出しながら私の方に身を寄せてきた。

「……それは、私が決めることではないですから」
「何よぉ、椿だって、百合子ちゃんが了承すればいいんでしょ?」

 美代さんが頬を膨らませて黒瀬くんに尋ねる。手元のグラスに向けていた視線を持ち上げれば、黒瀬くんと目が合った。黒瀬くんはその問いに答えることなく、静かに微笑んでいるだけだ。

「決定権は、私にはないですけど……私は、美代さんと黒瀬くん二人で買い物に行ってほしくないです。……ただの個人的な我儘ですけど」

 黒瀬くんに聞かれることは気恥ずかしくて、わざと小声で伝えたのに――。

「ね? ということだからさ」

 ばっちり聞こえたらしい黒瀬くんが、美代さんに言う。クスクス笑う声が耳に届いて、私は何だか居た堪れない気持ちになってくる。

「……何よ、いつの間にそんな仲になってたわけ?」

 美代さんがジト目で黒瀬くんを見遣る。深紅のルージュが引かれた唇を尖らせて、拗ねているような口調で尋ねた。

「何? 俺たちがラブラブだからって妬いてるの?」
「……ムカつく」

 黒瀬くんの発言に、美代さんはますます不機嫌そうに顔を顰めた。辺りを漂う雰囲気が重たくなっていくのを感じて、話を逸らそうと、私は美代さんに一つの提案をする。

「あの、そんなに買い物に行きたいなら、他の人を誘えばいいじゃないですか。美代さんが誘えば、買い物に付き合ってくれる人なんてたくさんいるんじゃないですか……?」

 美代さんほどの綺麗な人なら男の人が放っておかないだろうし、類は友を呼ぶ、なんて言葉もあるくらいだから、友達も美人な人が多そうだ。全部個人的な想像だけど。

「……駄目よ。椿じゃなきゃ、意味ないの」

 だけど美代さんは、物悲し気に呟いてその表情に陰を落とした。

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