逃げられるものならお好きにどうぞ。

小花衣いろは

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束縛が強いのはお互い様

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「……おいおい、今なんて言った? あんま調子に乗ってると、痛い目見るぜ?」

 ガタイの良さそうな一人の男が、突如黒瀬くんに殴りかかった。けれど黒瀬くんはその拳をひらりと躱して、男の鳩尾目掛けて強烈な拳を撃ち込む。

「な、何だコイツ……!」
「チッ、こっちは全員揃ってんだ! 一気にかかれば何てことねーよ!」

 黒瀬くんの左右両方から、二人分の重たそうな拳が飛んでくる。けれど迫りくるパンチを軽くいなした黒瀬くんは、男たちの腹部に、見ているだけでも痛そうな強烈な蹴りをお見舞いした。
 次々に倒れていく男たちには目もくれず、黒瀬くんは殴りかかってくる掌をひょいと躱しては、確実にダメージになる一撃を食らわせて相手を伸していく。

「……すごい」

 初対面で助けてくれた時にも感じたことだったけど、黒瀬くんは本当に喧嘩が強いらしい。多勢に無勢で圧倒的に黒瀬くんが不利だと思っていた喧嘩は、ものの数分で決着がつきそうだ。黒瀬くんが怪我をする心配はなさそうだと私も安心して見守っていた――その時。

「っ、オレがやってやる……!」

 一人の男が、黒瀬くん目掛けて駆けていく。その手に握られているのは――鉄パイプだ。どうやらこの男は、私と同じように隣のコンテナの陰に潜んでいたらしい
 迫る男に、黒瀬くんは背を向けていて気づいていない。男の後を追うようにして、気づけば私も駆け出していた。けれど距離があり、黒瀬くんを庇うにはとても間に合いそうもない。

「っ、黒瀬くん!」

 声を出せば、私の存在に気づいた黒瀬くんは目を丸めて――けれど背後から迫っていた男には一切動揺している様子もなく、勢いのある回し蹴りを相手の側頭部に決め込んだ。
 男の手から、カランと音を立てて鉄パイプが落下する。そして直後、男も地面に倒れ込んだ。辺りをシンとした静けさが包み込む。

「百合子さん? どうして此処に……」
「というか、黒瀬くん……後ろの人に気づいてたんだね」

 黒瀬くんが不意を突かれてやられてしまうかもって怖くなって、思わず走り出していたけど……よく考えれば、武道の経験も一切ない私が、黒瀬くんを守れるはずもなかったよね。とりあえず黒瀬くんが無事だったから良かったけど……今も心臓がバクバクしてる。

 煩いくらいに激しく鼓動する胸元を手で抑えながら、安堵の息を漏らす。その場で立ち止まっていれば、いつの間にかすぐ目の前まで歩み寄ってきていた黒瀬くんに顔を覗き込まれた。

 どうして私がこんなところにいるのか分からないといった様子で、不思議そうな表情をしている黒瀬くんだったけど……それは一変した。眉尻を下げた黒瀬くんは、心配そうな面持ちで私の頬に手を伸ばす。

「百合子さん、怖いことでもあった? まさかとは思うけど……こいつらに何かされたりした?」

 黒瀬くんが親指の腹で、私の目の下をそっと拭う。――自分でも気づかないうちに、泣いていたみたいだ。

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