60 / 134
束縛が強いのはお互い様
4
しおりを挟む「ねえ、椿が今どこで何をしてるのか……知りたくない?」
「……黒瀬くんが今どこにいるか、知ってるんですか?」
「うん、知ってるよ。だっておれ、椿とは仕事仲間だからね」
ちょいちょい、と萌黄さんに手招きされる。迷いながらも近づけば、萌黄さんが私の耳元に顔を寄せて、内緒話でもするみたいに小さな声で囁いた。
「多分、椿は一生秘密にするつもりだろうから、教えてあげるけどさぁ……アイツ、結構ヤバい仕事してるんだよ」
「やばい仕事……?」
「あ、ヤバいって言っても、法に触れるようなことはしてないよ? ただねぇ、椿は腕っぷしが立つからさ。それを買われて、悪い連中にカチコミに行くこともよくあるわけよ」
「買われてって……誰にですか?」
「ヤクザの若頭」
「やっ、……!?」
思わず声を荒げそうになって、慌てて両手で口許を覆う。萌黄さんはニヤニヤと笑ったまま、更に言葉を続ける。
「俺も若頭とは面識があるから分かるんだよねぇ。多分椿は、若頭直々に言われたんだと思うよ。女を危険に巻き込みたくなきゃ、身を引けーってね」
「それ、どういうことですか。その女って、もしかして……」
――私のこと?
萌黄さんはグラスの中身を呷って、私にとどめの一言を放った。
「だから椿の奴は、多分――もう君に会うつもりはないんじゃないかな」
「……何ですか、それ」
――もう会うつもりはない? 何それ、意味が分かんない。そんなの勝手に決めないでほしい。これだけ人の心にずかずかと踏み込んでおいて、何も言わずにいなくなるなんて……そんなの、あんまりだ。
「……萌黄さんは知ってるんですよね? 今黒瀬くんが、何処にいるか」
「うん」
「教えてください」
「それはいいけど……いいの? せっかく椿が、君のためを思って離れたっていうのに」
「そんなの、私は頼んでません」
「……それに、危険かもしれないけど」
「大丈夫です」
「そう? それに……椿に会いに行ってどうするのさ」
「黒瀬くんから、直接話を聞きます。もし本人が、私のことを思って身を引くとか、そんなふざけたことを言ってくるようなら……一発ぶん殴ってきます」
私の返答に瞳を瞬いた萌黄さんが、ぷっと噴き出した。
「っ、あっはっは! 何それ最高! 椿がぶん殴られるところ、おれも見たいなぁ」
萌黄さんはクツクツと笑いながら、胸元から取り出したメモ用紙にボールペンを走らせている。
「ま、おれはこれから別件があるから同行できないのが残念だけど……はい、これ。一応簡単な地図ね。椿は此処の倉庫付近にいるはずだよ。確か2-Cで落ち合う予定だって言ってたかな」
「っ、ありがとうございます!」
「うん、頑張ってねー」
ひらひらと手を振る萌黄さんにお礼を告げた私は店を飛び出した。駅まで走って、丁度空車だったタクシーを拾う。地図を見せて行き先を告げれば、タクシーは緩やかに走り出した。
逸る気持ちを抑えるように、膝の上で組んだ手をぎゅっと握りしめながら――目的地に到着するまでの数十分、黒瀬くんのことを考えていた。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。

私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる