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見せかけのあどけない理性
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しおりを挟む「黒瀬くん、鍵はここに置いておくから。好きに使ってね」
「え、このまま百合子さんの家にいていいの?」
「うん。だって迎えにきてくれるんでしょ? それに、その……せっかくだし、黒瀬くんさえよければ、今日も泊まっていってくれても……いいんだけど」
何故か言葉が尻すぼみになってしまった。だけど私の言いたいことは、黒瀬くんにばっちり伝わったみたいだ。
「百合子さんがそこまで言うなら、泊まっていこうかな」
「……別に、そこまでは言ってないよ」
「ふっ、照れない照れない」
クスクス笑っている黒瀬くんは、何だか嬉しそうだ。
「わ、私、そろそろ行かないと」
準備しておいたバッグを持って玄関に向かおうとすれば、私の頭をポンポンと撫でていた大きな掌が、頬に下りてくる。
「ねぇ、心配だから……虫除けしてもいい?」
「え、虫除けって何…ちょっ、」
黒瀬くんが首元に顔を埋めてくる。長い前髪が素肌に触れて、少しだけくすぐったい。身をよじっていれば、首筋にチクリとした小さな痛みを感じた。
「百合子さんを迎えに行く前に、一旦家に帰って服とか持ってこようかな」
顔を離した黒瀬くんが、平然とした様子で話し出す。
今黒瀬くんが着ている服は、普段私が着用しているものだ。大きすぎて部屋着にしていたものだったけど、当然黒瀬くんには小さすぎて、長い手足が袖口からはみ出ている。
「……というか黒瀬くん、話を逸らそうとしても駄目だからね」
「え、何のこと?」
バッグから手鏡を取り出して首元を映せば、鎖骨辺りにくっきりと赤い花が咲いている。
「黒瀬くん……」
「ん?」
ジト目で見ても、黒瀬くんはにこにこと笑っているだけだ。
何を言っても無駄だと悟った私は、仕方なく首元まで隠れるハイネックのニットに着替えることにした。
「うん、その服も似合ってるよ」
「……着替えることになったのは、誰のせいだと思ってるんですか」
「んー、誰のせいだろうね?」
「白々しすぎ。マイナス十点」
「ふっ、手厳しい」
ふざけたやりとりを続けながら玄関に向かえば、黒瀬くんも後をついてくる。お見送りしてくれるみたいだ。
――実は先ほど、居酒屋まで送ると言い出した黒瀬くんをやっとのことで言いくるめたばかりなのだ。迎えにまできてくれるというのに、それはさすがに申し訳ないからと。また気が変わって送っていくと言い出さないうちに、早いところ家を出てしまいたい。
「それじゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃい。二十一時前には着くように迎えに行くけど、もし早まるようなことがあれば連絡してね」
「うん、ありがとう」
「道中気をつけてね」
「ふふ。うん、分かってるよ」
手を振る黒瀬くんに背を向けて、家を出る。居酒屋は、最寄駅から電車に乗って二駅のところにある。
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