逃げられるものならお好きにどうぞ。

小花衣いろは

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見せかけのあどけない理性

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「……そういえば、さっきからスマホ、鳴ってたよ」
「スマホ? ……ああ、多分友達からのあけおめメッセージかな」
「ふーん、そっか。百合子さんは人気者だね」

 出来上がった熱々のとろろ蕎麦が入った二つのお椀を、黒瀬くんがリビングまで持っていってくれる。ソファに並んで腰かけて、一緒に手を合わせる。

「それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
「……うん、美味しい。身体もあったまるね」
「ふふ、ならよかった」

 蕎麦を啜りつつ、テーブルに置きっぱなしにしていたスマホに目をやれば、何件かのメッセージが入っていた。
 予想通り、全てに「今年もよろしく」といった新年の挨拶が記されている。三奈や地元の友人、職場の親しい先輩後輩や、母親からのものだった。

「百合子さん、新年会に行くの?」
「新年会?」
「うん。さっき画面が見えちゃって」

 黒瀬くんがスマホを指して聞いてくる。

「新年会……あぁ、これのことか。職場の年が近いメンバーで集まろうって話になってるんだ」
「へぇ。……それって、当然男もいるんだよね?」

 職場の同期で結成されたグループライン。一行目に“新年会のお知らせ”と書かれたメッセージが入っていた。年が近いメンバーで、一日の夜に集まろうという話になっていたのだ。
 参加者は恋人や家族がいない独り身のメンバーでということになっていて、開催が決定したのが十二月の上旬だった。
 その時にはまだ黒瀬くんとお付き合いをしていなかったし、同じく、まだ気になる彼との進展がなかった三奈に一緒に行こうと誘われて、参加を決めていたのだ。

 経緯を詳しく黒瀬くんに話せば、

「ふーん……そっか。楽しんできてね」

 と、あっさり了承される。その表情は笑顔だ。

 以前、黒瀬くんは自らを“重いと思う”と言っていたから、こういう飲み会に参加することも渋られるかと思っていた。――だけど、私の考え過ぎだったみたいだ。

「うん、ほどほどに飲んで楽しんでくるよ」
「でも心配だからさ、終わったら迎えに行ってもいい?」
「それは全然かまわないけど……むしろ迎えにきてもらっていいの? せっかくのお正月なのに」
「俺が迎えに行きたいんだよ。その分、百合子さんと一緒に過ごせる時間が増えるからね」
「……うん。ありがとうございます」
「どういたしまして」

 その日黒瀬くんは泊まっていったけど、他愛のないお喋りしている内にお互い眠ってしまっていたようで、目を覚ましたのは昼過ぎだった。私の身体には厚手のブランケットが掛けられていたから、私の方が先に眠ってしまったんだろう。ソファの上で、黒瀬くんに抱きしめられるような形で二人寝ころんでいた。
 順番にシャワーを浴びて、冷蔵庫に事前に用意しておいたおせちを黒瀬くんと食べて、適当にザッピングして目についたバラエティ番組を観たりしながらまったり過ごした。

 そして、気づけば時刻は十八時を回っていた。十九時には居酒屋に現地集合となっているから、あと十分ほどしたら家を出なければならない。

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