逃げられるものならお好きにどうぞ。

小花衣いろは

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見せかけのあどけない理性

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「な、何で黒瀬くんが……間に合いそうにないって言ってたのに、どうして?」
「サプライズだよ。百合子さんのこと、驚かせたくて。びっくりした?」
「……うん。びっくりした」

 「じゃあ大成功だ」って笑いながら、黒瀬くんは黒のショートブーツを脱いで上がってくる。

「あっ。でも次からは、誰か確認してから開けてね」
「うっ……はい、気をつけます」

 インターホンを確認せずに扉を開けてしまったことは、黒瀬くんにバレバレだったみたいだ。物騒な世の中だし、黒瀬くんの言う通りだろう。自分の非を認めて素直に謝罪する。
 脱衣所にうがい手洗いをしに行った黒瀬くんを見送ってから、私はキッチンへと足を向けた。ポットでお湯を沸かしてマグカップを準備していれば、背後から黒瀬くんに抱きしめられる。

「ちょっと、くっつかれると動きづらいよ」
「だって百合子さんがあっためてくれるって言ってたでしょ?」
「……言ってはないよ」
「でも、思ってただろ?」
「……」

 私の無言を肯定と捉えた黒瀬くんが、耳元でクスクス笑っている。

「黒瀬くん、何飲む?」
「んー、いつもの珈琲で。ありがとう」

 黒瀬くんを背中にくっつけたまま、最近黒瀬くん専用と化している青色のマグカップに珈琲を淹れて、ソファに移動する。

「ねぇ百合子さん。今日、泊まっていってもいい?」
「うん、いいよ」

 黒瀬くんの言葉に、特に何も考えずに了承する。だけどよくよく考えてみれば、黒瀬くんを家に泊めるのは、黒瀬くんを看病した日以来のことになる。
 これまで黒瀬くんが夜遅い時間まで家にいたことはあっても、泊まっていくことはなかった。最終的には、黒瀬くん自ら帰っていたからだ。
 二人きりの空間に少しだけ緊張しながら、立ち上がって再びキッチンに足を向ける。

「黒瀬くん、お腹空いてない? 年は明けちゃったけど、年越しそばでも食べる?」
「ん、食べたい」
「了解。準備するから、テレビでも観て待っててね」

 鍋を出して蕎麦を茹でながら、冷蔵庫から山芋を取り出してすりおろす。最後に卵黄を落として葱と七味を散らして、温かいとろろ蕎麦にするつもりだ。確か冷凍庫にきのこがあったはずだから、一緒に入れてしまおうかな。

「良い匂いがする」

 テレビを観て待っていたはずの黒瀬くんがふらりとやってきた。

「とろろ蕎麦にしようと思うんだけど、黒瀬くん食べれる?」
「うん。百合子さんが作ってくれるものなら何でも美味しいからね」

 私が蕎麦をゆで汁にくぐらせて盛り付けている様を、黒瀬くんは横に立って楽しそうに見つめている。

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