逃げられるものならお好きにどうぞ。

小花衣いろは

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見せかけのあどけない理性

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「……あとちょっとで、今年も終わりかぁ」

 ――黒瀬くんは、まだ仕事中なのかな。

 年が明けるまで、あと十分。テレビ画面の向こう側で、曲の合間にアーティストが雑談している姿をぼうっと見ていれば、スマホが着信を知らせる。
 誰からだろうと視線を落とせば、そこには“黒瀬くん”と、今まさに考えていた想い人の名前が表示されていた。慌てて通話ボタンをタップして耳にあてがう。

「……――あ、もしもし、百合子さん?」

 電話口の声はくぐもっていて、いつもよりほんの少しだけ低いように聞こえる。
 多分外にいるのだろう、遠くの方から街中の雑踏の音も聞こえてきた。

「うん、そうだよ。黒瀬くん、仕事の方はもう終わったの?」
「ついさっき片付いたんだ。此処から会いに行くには時間がかかりそうだから、せめて電話で一緒に年越しできたらなって」
「……そっか。ありがとう」

 きっと、急いで仕事を終わらせてくれたんだろうな。黒瀬くんの気遣いを嬉しく思いながら、黒瀬くんに今日は何をしていたのかと聞かれて、先ほどまで友人と忘年会をしていたことや、今はテレビを観てのんびりしていたことを話す。

「黒瀬くんは、今外だよね?」
「うん。めちゃくちゃ寒いよ。雪も降ってきたし」
「……風邪ひかないように、帰ったら身体をあっためてね」
「百合子さんが家まできてあっためてくれてもいいんだけどね」
「……」
「冗談だよ」

 ――何だ、冗談だったんだ。本気に捉えてしまうところだった。

 何か温かいものでも作って待っていようかな、なんて考えていたけど、黒瀬くんは仕事で疲れているだろうし、早く休みたいよね。私がいたら、気を遣ってゆっくりできないだろうし。

「……あ、そろそろ年が明けるね」

 黒瀬くんがポツリと漏らす。
 テレビで画面の向こう側でも、アーティストたちがカウントダウンを始めていた。そして、時刻が天辺を回ってすぐのタイミングで――インターホンの音が鳴り響いた。

「黒瀬くん、明けましておめでと、って……えっ」

 ――もしかして。

 急いで玄関まで行って、扉を開ける。

「百合子さん。明けましておめでとう」

 そこには、頭の上に薄っすらと粉雪をのせた黒瀬くんが立っていた。

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