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ほしがることは罪ですか?

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「はぁ、苦しかった……椿のやつ、いきなりひどくない? 鼻までふさがれて息できなかったんだけど。ねぇ、お姉さんもひどいと思わない?」
「……大丈夫ですか?」

 黒瀬くんには無視しろって言われたけど、此処は店の中で黒瀬くんだっているし、少し話す程度なら大丈夫だろうと考えて言葉を返す。
 目の前の男性はにんまり笑いながら、テーブルに頬杖をついて私の方に身体を向けた。完全に会話をする体制になっている。

「そういえば、きちんと自己紹介してなかったよね。おれ、萌黄拓斗もえぎたくとっていうんだ。“たっくん”って気軽に呼んでくれていいからね」
「……もえぎ? えっ、あなた……佐藤さんじゃないんですか?」

 ホテルの人は“佐藤様”なる人物から仰せつかっていると、確かにそう言っていた。それじゃあ、あのよく分からない行動を起こした“佐藤さん”は、この人じゃないってこと?
 混乱する頭の中を整理しようと考えを巡らせていれば、目の前の男性――萌黄さんは、クツクツと楽しそうな笑い声を漏らした。

「あはは、ごめんごめん。佐藤はおれの偽名なんだよ。だからあのホテルにお姉さんを連れて行ったのは、おれで間違いないよ」
「……何のために私を?」

 あの時このバーで声を掛けてきたのも、全部仕組まれていたことだったのだろう。何かしらの意図があってしたことなのだろうけど、それが私には、全く分からない。黒瀬くんは確か、この男性は仕事関係で知り合った人なんだって言っていたけど……。

「んー、それはねぇ……」

 含みのある笑みを浮かべて身を寄せてきた萌黄さんに、私も息をのんでその返答を待っていれば――視界が、黒一色に染められた。

「無視していいって言ったのに」

 その言葉と同時に、視界がパッと明るくなった。振り向けば、背後には黒瀬くんが立っている。どうやら掌で目元を覆い隠されていたらしい。
 いつの間に着替えたのか、黒いエプロンを脱いだ黒瀬くんは私服姿になっていて、その身にはばっちりダウンジャケットまで羽織っている。

「百合子さん、行こう。送っていくから」
「え、でも黒瀬くん、仕事の方は……」
「マスターが、今日はもう上がっていいって」

 マスターを見れば視線が合い、パチンとウィンクを返された。渋い見た目に反して存外お茶目なマスターだが、そんなところが親しみやすくて好感が持てる。
 黒瀬くんが手渡してくれたコートを羽織ってマスターに会計をお願いすれば「今日はお代はいいよ。俺からのお祝いってことで」と言われてしまった。少し申し訳なく思いながらもその好意を有り難く受け取って、マスターにお礼を告げてから、黒瀬くんと一緒に店を出る。

「お姉さん、また話そうね」

 後ろの方で、萌黄さんがにこやかに手を振っているのが分かった。だけど黒瀬くんにそっと背を押されて、その姿は直ぐに見えなくなった。

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