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ほしがることは罪ですか?

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「香月さん、おめでとう」

 バーに足を踏み入れて聞こえてきたマスターからの第一声が、これだった。

「あの、おめでとうって何のことですか?」

 首を傾げて聞けば、マスターも「おや」と首を傾げながら不思議そうな顔をしている。

「椿と付き合ったんじゃないのかい?」
「つっ……何でマスターが知ってるんですか?」
「椿本人から聞いたんだよ」

 まさかマスターが知っているとは思わなかったけど、職場の上司で、私とも関わりがあるのだから、黒瀬くんが伝えていたって何らおかしいことではないか。

「はい。付き合って、ます」
「やっぱりそうなんだね。椿は色々と面倒なところも多いけど、根は良い奴だから。よろしく頼むよ」
「……はい」

 マスターは目尻に皺を作って、優しい顔で笑っている。何だか黒瀬くんのお父さんみたいにも聞こえる発言に、少しだけ微笑ましいような気持ちになる。
 黒瀬くんは今奥で、備品の整理をしている最中らしい。マスターに勧められてカウンター席に腰を下ろした数秒後、私の左隣に誰かが腰掛ける。

「へぇ、やっぱり付き合ったんだ」

 視線を向ければ、そこには、このバーで一度だけ飲んだことのある人物――以前ホテルの人に「佐藤様」と呼ばれていた、長髪の男性が座っていた。

「あなたは……」
「やっほー、お姉さん。あの時はごめんね? でもおれのおかげで、二人の距離もグッと縮まった感じでしょ?」
「……」

 結局、どうしてこの人に声を掛けられたのかも、ホテルに連れていかれてドレスで着飾られたのかも、パーティーに参加することになったことだって……この人の魂胆は全く分からなかった。現時点では、私にとって、素性も分からない怪しい人でしかない。
 言葉は返さずに席を立とうかと考えていれば、そこに黒瀬くんが姿を現した。

「百合子さん、いらっしゃい」

 黒瀬くんが店の奥からやってくる。私を見て、そして長髪の男性を見て――笑顔のはずなのに、あからさまな不穏なオーラを漂わせながら、私と男性の間に割り入ってくる。

「何で此処に居るの?」
「お客様に対してそれは酷くない?」
「帰れ」
「イヤだね」
「……百合子さん。この人とは基本関わらないでね。頭のやばい人だから」
「えぇ、本人前にしてそれ言う? ひどいなぁ」

 「というか、椿の方がよっぽど…」と言葉を続けようとした男性だったが、黒瀬くんによって口を勢いよくふさがれて、ふごふごと声にならない声を漏らしている。

「えーっと……とりあえず、黒瀬くんの知り合いではあるんだよね?」

 確かこの前、仕事絡みで知り合ったんだって言ってたはず。

「まぁ、知り合いっていうか……顔見知り、いや、顔見知り未満程度の関係だから。本当に、話しかけられても無視していいからね」

 黒瀬くんはテーブル席のお客さんに呼ばれて、長髪の男性の耳元で何か囁いた後、私にはにこりと笑みを見せて行ってしまった。

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