逃げられるものならお好きにどうぞ。

小花衣いろは

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もう絶対に、逃がさない

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「マジかよ、やっぱそうじゃん! まさかこんな所で会うなんてなぁ。すっげー偶然! 俺、今友達と東京こっちに遊びにきててさぁ」

 中学から高校まで一緒だった、同級生である小林武弘こばやしたけひろが嬉しそうに歩み寄ってくる。私は話なんて聞きたくもないし、特に話したいこともないのに。
 だけど小林の口は止まることなく、友人と東京に遊びにきているのだとか、明後日までこっちに居る予定なのだとか、聞いてもないのにペラペラと話し続けている。

「つーか……アンタもしかして、コイツの彼氏?」
「……どーも」

 黒瀬くんは問いに答えることなく、ニコリと笑顔だけで返す。小林は「ふーん」と詰まらなそうな声を漏らしたかと思えば、黒瀬くんをジロジロと不躾に見つめてから、黙ったままの私を見下ろしてくる。

「へぇ、お前でも彼氏とか作れたんだな」
「……それ、どういう意味?」
「だってお前、中学の時からすっげー地味だったじゃん? 高校入ってちょっとは変わったけど、見栄張ってたのもバレバレだったっつーか。俺くらいしかまともに話せる男子、いなかったんじゃねーの?」

 聞き返せば、小林は厭味ったらしくニヤリとした笑みを浮かべながらそう言い放った。

 ――別に私は、あんたと話したいなんて思ったこと、一度もなかった。やめてって言っても勝手に人の物を使ったり、「地味だ」「とろい」なんて嫌味をぶつけられたりしていた記憶しかない。それを……話しかけてやってた? 何様のつもりなんだ。

 勝手な物言いをされて、胸がむかむかしてきた。せっかくの今までの楽しかった気持ちが、少しずつ萎んでいく感覚。――だけど、こんな奴の言葉、全部聞き流せば済む話だ。まともに取り合う方が、面倒なだけ。中高の時だって、そうしてきたんだから。ムキになって反応すれば、余計に面白がらせて揶揄ってくるだけだって……分かってるから。

 私は黒瀬くんの手を無言で引いて、もう行こうと目で訴える。だけど黒瀬くんは動こうとせずに、小林のことをじっと見つめている。

「だからまぁ、お兄さんも、こんな地味女止めといた方がいいっすよ」
「……へぇ、そうなんだ」

 黙って小林の話を聞いていた黒瀬くんは、どこか単調じみた声で返した。そして――。


「あんた、目が腐ってるんじゃないの? 良い眼科、紹介してあげようか?」


 ――とてもいい笑顔で、堂々と悪態を吐き出した。それを真正面から受け取った小林は、口を半開きにして固まっている。

「というかさぁ……いい加減子どもじゃないんだから、そういうの、止めといた方が良いと思うけど? 男のツンデレとか気色悪いだけだから」

 さらりと毒を吐き続ける黒瀬くんに、小林は顔を赤くして狼狽えている。

「はっ、はぁ? お、俺は別に、百合子のことなんて…「百合子さん、行こ」

 黒瀬くんは繋がったままの私の手をそっと引いて、歩き出す。

「ちょ、ちょっと待てよ! まだ話は終わってな…「っていうかさ、……あんたに百合子さんの、何がわかんの?」

 ひどく冷たい声。振り返った黒瀬くんは、鋭く射抜くような視線で小林を一瞥する。

「ってか、まだいたんだ。邪魔だから、さっさと消えてくれる?」
「っ、……」

 淡々とした口調で話す黒瀬くん。蛇に睨まれた蛙のようにその場から動けず固まっていた小林だったけど、黒瀬くんが視線を外すと、ハッと我に返った様子で駆けていき、人混みに紛れてしまった。

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