逃げられるものならお好きにどうぞ。

小花衣いろは

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私の知らないあなた

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 とりあえず会場の端っこの方に移動して壁の花に徹しながら、周囲を見渡してみる。もしかしたら、この中にあのバーで会った男性がいるかもしれないと思ったからだ。
 だけどいくら見渡しても、あの黒髪ロングのお兄さんの姿は見えない。それどころか、よくよく周囲の人を観察してみれば、一度はテレビで目にしたことのある有名人や、見るからにお金持ちそうな人がそこら中に溢れていることに気づいてしまった。
 これが一体何のパーティーなのかは知らないけど、私が此処にいることが、あまりにも場違いすぎる。見知らぬ人に出してもらったお金で食事をするのも何だか怖いし、もうホテルの人に声を掛けて帰ってしまおうか。

 そんなことを考えていれば、聞き慣れた声が鼓膜を揺らした。

「お姉さん?」
「……黒瀬くん?」

 ――えっ。どうして此処に、黒瀬くんが?

 チャコールグレーのタキシードに身を包んだ黒瀬くんと、その隣には――黒いドレスを身に纏い、美しく着飾った美代さんの姿があって。
 目を瞠って驚いたような表情をしていた黒瀬くんだったけど、直ぐにその顔に笑顔を浮かべて、そして――何も言わずに、私に背を向けてしまう。

「っ、待って、黒瀬く…」

 咄嗟に黒瀬くんを引き止めようと声を上げれば、美代さんに止められてしまった。

「ねぇ、私たち、デート中って分からない? どうしてあなたが此処にいるのか知らないけど……百合子ちゃんは今、お呼びじゃないのよ」

 近づいてきた美代さんは、私の耳元でそう囁いて、直ぐに離れていった。目で追えば、美代さんが、黒瀬くんの腕に抱き着いている姿が見える。黒瀬くんはそれに抵抗するようなこともなく、二人で並んで歩いていて、その姿は――誰から見たって、お似合いの恋人同士だった。

 私は、そのまま一人でパーティー会場を抜け出した。さっき身支度を手伝ってくれたお姉さんに声を掛けて、ドレスを脱ぎ、一言お礼を告げてホテルを後にする。

 何だか、胸の中が色んな感情でごちゃまぜになっていて、苦しい。
 でも、この苦しさの一番の理由は、きっと……。

「……黒瀬くんの、嘘つき」

 誰に届くわけでもないと分かっていながら、ポツリと呟いてみる。脳裏で笑っている彼の姿を思い出しながら――ネオンが煌めく街中を、私は一人で歩いた。

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