逃げられるものならお好きにどうぞ。

小花衣いろは

文字の大きさ
上 下
28 / 134
私の知らないあなた

3

しおりを挟む


「……あの、すみませんけど、私も帰りますね」

 グラスの中身を空っぽにして、掛けておいたコートを羽織ろうとすれば、男性に軽く手首を掴まれて止められる。

「少しだけ、一緒に飲みませんか?」
「いえ、私は……」
「駄目、ですか……?」

 眉を下げてしょんぼりした雰囲気を醸し出す男性に、少しだけ絆されそうになるけど、小さく頭を振ってきっぱり断りの言葉を口にする。

「その、私……今気になってる男性ひとがいるんです。だから、あなたと二人きりでは飲めません。ごめんなさい」

 自分で口にしておきながら、気になってる人がいるとか――初対面の人に何を暴露しているのかと、急激に恥ずかしくなってきた。そのまま頭を下げて立ち去ろうとすれば、また男性に手首を掴まれ、引き止められてしまう。

「そうなんですね。あなたみたいな素敵な人に思われる男性が、羨ましいです。……分かりました、引き止めてすみません。ですが一杯だけでも付き合ってくれませんか? 連絡先も聞きませんし、本当にこれきりで諦めますから」

 真摯な瞳に見つめられて、私はおずおずと腰を下ろす。

「これ、さっき用意してもらっていたんです。あなたにと思って」

 男性が、自身の手元のあったグラスをこちらに手渡してくれる。受け取ったグラスはじんわりと温かくて、レモンの輪っかが浮かんでいる。

「ホット・ウイスキー・トディです。寒い冬にぴったりでしょう?」
「……ありがとうございます」

 せっかく用意してくれたのだし、これだけ飲んで、そうしたら帰ろう。一口飲めば、シロップの優しい甘さが口の中いっぱいに広がる。身体がじんわり温かくなるのにホッと息を吐きながら、コクコクと飲み進めていく。

 ――だけど、どうしてだろう。急に眠気が……私今日は、そこまで飲んでない、はず、なのに……。

 男性が何か言っているのが聞こえてきたけど、私の意識は、そこでプツリと途切れてしまった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

残念ながら、定員オーバーです!お望みなら、次期王妃の座を明け渡しますので、お好きにしてください

mios
恋愛
ここのところ、婚約者の第一王子に付き纏われている。 「ベアトリス、頼む!このとーりだ!」 大袈裟に頭を下げて、どうにか我儘を通そうとなさいますが、何度も言いますが、無理です! 男爵令嬢を側妃にすることはできません。愛妾もすでに埋まってますのよ。 どこに、捻じ込めると言うのですか! ※番外編少し長くなりそうなので、また別作品としてあげることにしました。読んでいただきありがとうございました。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

処理中です...