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まだ、気づかないふり
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しおりを挟むアパートまでの帰り道を黒瀬くんと並んで歩くのも、これで何度目になるだろうか。私の左隣を歩いている黒瀬くんをジト目で見上げる。
「……黒瀬くん。私が言いたいことは分かってるよね?」
「ん? ……俺のこと、好きになったとか?」
「っ、違う! そうじゃなくて……何でキスしたのかってこと! しかも、あんな人前で……」
「何でって……したくなったから?」
「その言葉、前にも聞いたよ……!」
「というか、人前じゃなかったらキスしていいんだ?」
意味ありげに微笑を深めた黒瀬くんに、じっと見つめられる。その真っ黒な瞳に捉えられると、心の内を全部見透かされてしまいそうで――もう逃げられないって、そんな錯覚を起こしてしまいそうになる。
「そ、それよりも、美代さんとはどういう関係なの?」
空気を変えようと、パッと頭に浮かんだ話題を口にすれば、黒瀬くんも話に乗ってくれて、絡み合っていた視線もすんなりと外された。内心でホッと息を吐きながら、黒瀬くんの話に耳を傾ける。
「美代さんは、俺が家を転々としてた時期にお世話になってた一人だよ。そこそこ長い間世話になってて、あのバーにもたまに顔を出しにくるんだよね。あとはまぁ……俺の副業の、仕事仲間なんだ」
「副業って……さっきのバーとは別の?」
「うん」
美代さんが仕事仲間の、副業。一体どんな仕事をしているのか、全く想像がつかない。
「副業って、何してるの?」
気になって直接聞いてみれば、黒瀬くんは言葉を選ぶようにして口を開く。
「んー、まぁ……色々? 雇い主に頼まれたことを言われたままにやる仕事、かな」
――普通にはぐらかされてしまった。これは、詳しく教えてくれる気はないんだろうな。まぁ誰にだって言いたくないことの一つや二つあるのは当然だし、無理に聞き出そうとは思わないけど……どうしてだろう。また、モヤモヤしたものが胸の中に広がっていくのを感じる。
「……ねぇ。もしかしてお姉さん、ヤキモチ妬いてる?」
暫く無言で歩いていれば、足を止めた黒瀬くんに手を引かれ、そのまま顔を覗き込まれた。
「やっ、きもちなんて、……やいてないから」
何故か声が上擦ってしまった。恥ずかしくなって、黒瀬くんの視線から逃げるように顔を逸らせば、左隣からクスクスと笑い声が届く。
「そっか。でも、もうお姉さん以外の女の人の家に行くつもりはないから、安心してね」
「別に……心配とか、してないですから」
「ふっ、そっか」
「……何で笑ってるんですか」
「んー? やっぱりお姉さんは可愛いなあと思って」
また、黒瀬くんに揶揄われている。悔しくなって歩く速度を速めてみたけど、私よりずっと足の長い黒瀬くんは、そんな些細な歩幅、あっという間に埋めて追いついてくる。
「そういえば、俺の作ったカクテルはどうだった?」
「……美味しかったよ」
「ほんとに? よかった」
黒瀬くんが、嬉しそうに笑っている。その横顔を見ていたら、自分でも単純だとは思うけど――私の胸の中のモヤモヤは、いつの間にか、綺麗さっぱり消えてしまっていた。
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