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まだ、気づかないふり
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しおりを挟む「私はね、椿の彼女よ」
「……そうなんですね」
――へぇ、そっか。黒瀬くん、彼女いたんだ。
やっぱりという気持ちと一緒に、どうしてだろう……胸の中に、モヤモヤとしたよく分からない感情が生まれる。
「まあ元、だけどね。びっくりした?」
美代さんが弾んだ声で言う。その声音からは、私の反応を見て面白がっていることが伝わってくる。
「椿って顔はいいんだけど、あとはダメダメじゃない? 今住んでる家もぼろいし、独占欲だって強いし、ちょっと面倒よね。百合子ちゃんもそう思わない?」
「……別に私は、黒瀬くんの彼女でもありませんし。分からないです」
自分でもムッとした声を出してしまった自覚はあるけど、さっきから美代さんに遊ばれているようで、正直面白くない。だけど美代さんは、そんな私を見て尚も楽しそうに笑っている。
「まぁ、隣を連れて歩くにはいいわよね。ほら、やっぱりブランド品とか、良いものを持ってるだけで気分が上がるでしょ?」
「……黒瀬くんは、物じゃありません」
「あら、そんなこと分かってるわよ。例えでしょ、たとえ。というか、何で百合子ちゃんがそんなに怒ってるの?」
「……別に、怒ってるわけじゃ……」
美代さんはカウンターに頬杖をついて、私を下から見上げるようにしながら、尚も言葉を続ける。
「ねえ、百合子ちゃんって、やっぱり椿に気があるの? まぁさっきも言った通り、椿って顔くらいしか取り柄がないけど……百合子ちゃんみたいに従順でか弱そうな子ならお似合いかもね。あ、そうだわ、私が知ってる椿のこと、教えてあげましょうか? ここで会えたのも何かの縁だし…「そうですね。美代さんみたいに、人の価値を自分にとって有益かだけで判断するような、性格の歪んだ人よりは……私の方が、まだ合ってると思います。それに……知りたいことは直接本人に聞くので、大丈夫です」
これ以上聞きたくないと、私は美代さんに被せるようにして、言葉を吐き出すようにして言いきった。その綺麗な顔に笑みを湛えたまま小首を傾げた美代さんは、大きな瞳を細めて私をじっと見つめてくる。
「……ふふ。百合子ちゃんって、案外気が強いのね。でも……あんまり調子に乗ってると、痛い目見るわよ?」
ニコリと笑った美代さんが、小さく掌を振り上げるのが見えた。
まさかこのタイミングで手を出されるなんて思ってもみなかったから、身を守ろうにも、咄嗟のことで身体は固まって動かない。ぶたれる覚悟で目だけ瞑って歯を食いしばる。――けれど、感じると思っていた痛みは、いつまでたってもやってこない。
そっと瞼を持ち上げれば、いつの間に戻ってきていたのか、目の前には黒瀬くんの背中が広がっていた。
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