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泥酔、乱暴。そして逃亡。
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しおりを挟む「……ん、此処は……」
「お姉さん、目が覚めた?」
目を覚まして最初に感じたのは、酷い頭痛。そして聞こえてきたのは、耳馴染みのいい男の子の声だった。
こめかみのあたりを抑えながら身体を起こす。ズキズキと鈍い痛みを訴えているこれは、飲み過ぎたのが原因だろう。お酒はそこまで強くないから、外ではあまり飲まないように普段はセーブしているのに……。
「はい、これ水ね」
視線を上げれば、上半身は裸で、首にタオルをかけている男の子がミネラルウォーターを手渡してくれた。視線はベッドの上に落としたままお礼を言って受け取り、中身の三分の一程を一気に飲み干す。
落ち着いて周りを見渡せば、此処はどこかのビジネスホテルのようだ。ハッとして自身の身体を確認するけれど、特に衣服が乱れた形跡はない。とりあえず間違いを起こしたりはしていないようだ。
「お姉さんの家も分からないし、俺の家に連れていくのも何だしさ。とりあえず近くのホテルまで連れてきたんだよ」
「……」
――あれだけ飲ませておいて、何て白々しい。いや、出されるままに飲んだ自分が一番悪いということは分かっているんだけど。
黙っていれば、何か勘違いしたのか男の子は言葉を続ける。
「もしかして疑ってる? ……大丈夫、何もしてないよ。まぁしてほしいなら、それはそれで構わないけど」
「いえ、別に疑ってるわけじゃ……」
「そう? まぁお姉さんに欲情はしないから、安心してよ」
私を安心させようと思ったのか、にっこりと人好きのする笑みを浮かべた男の子は、僅かに濡れていた髪をタオルで拭いてから自身の着ていたTシャツに手を伸ばした。多分シャワーでも浴びていたんだろう。
――というか、やっぱりこの子、失礼だよね? いや別に欲情してほしいと思っているわけではないんだけど……何なんだろう、このモヤモヤ感は。女としての何かを傷つけられたような気がする。
言葉を返さず黙っていれば、いつの間にかすぐそばまで近づいてきていた男の子に顔を覗き込まれる。
「あれ、怒った?」
「……別に、怒ってないです」
「そう? ついさっきまではあんなにはしゃいでたのに、随分しおらしいね」
「……」
「あ、もしかして緊張してる? お姉さんって意外に経験ないとか?」
「……」
「見た目も控えめな雰囲気だしね。遊んでるって感じはしないし」
無視しているのに気にせず話しかけてくる男の子に少しイラっとして、つい睨み上げるようにして見上げてしまう。
「……何なんですか、さっきから。喧嘩売ってるんですか?」
語気を強めて問いかければ、男の子の口許がふっと緩んだ。
「やっぱりお姉さんって、見かけによらず気が強いんだね」
何がおかしいのかクスクスと笑い続ける男の子を見ていたら、無意識に強張っていた肩の力が少しずつ抜けていくのを感じる。
「……どうせ私は、地味な見た目ですよ」
華やかな見目をしていないことなんて、自分が一番わかっている。――何だかいじけているような言い方になってしまった。誤魔化すように顔を背ければ、男の子の不思議そうな声が耳に届く。
「そう? お姉さん、可愛いじゃん」
「……はい?」
思わず声が漏れた。
「お淑やかそうな雰囲気だなって思ってたってこと。俺は気が強い人、結構好きだよ」
「……そうですか」
可愛いなんて言われ慣れていないから、普通に照れてしまう。男の子には顔を向けられないままシーツの皺を見つめていれば、ベッド際に座った彼は――。
「まぁ、俺のタイプはではないけどね」
「……」
――うん。何なんだろう。上げて落とすタイプなのかな。いや別にこの男の子のタイプになれなくても全然かまわないんだけどさ。
「……そうですか。想像通りの女じゃなくてすみませんね! お淑やかなお姉さんを探しているなら、どうぞ他を当たってください」
「ん? お姉さんってばまた怒ってるの?」
私の考えてることなんて多分、全部お見通しだろうに、男の子はまた白々しい笑みを浮かべて、何を考えているのか分からない黒漆のような瞳で私をじっと見つめてくる。
「……もう帰ります。お金はここに置いておくので」
ベッドから出て、財布から一万円札を一枚抜き取ってサイドテーブルに置いておく。いや、でもバーでの代金もおそらくこの男の子が支払ってくれたのだろうと考え、更に追加で一枚置いておいた。
これきりの関係だし、後腐れなくしておきたいからね。
「今夜は泊っていけば? もう遅いし、女の子が一人じゃ危ないよ」
「大丈夫です。それでは」
男の子の顔も見ずに、短い言葉を返してホテルを出た。秋風が頬を撫でる。少し肌寒くて無意識に二の腕を擦りながら、スマホで地図アプリを開いて最寄りの駅に向かって歩く。
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