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第八章(最終章)
白き極彩色(2)
しおりを挟む登校中、ルチカは地元のバス停で米谷の姿を見つけた。
あさのラッシュ時ということもあり、バス停には米谷のほかにも数人ひとがいる。
バスを待つ列の一番前に立つ米谷は、頭につけたヘッドフォンで音楽を聴いているらしく、うしろから近づくルチカにはまったく気がついていないようだ。
ルチカは米谷に気がつかれないように、ひとに隠れるようにして列の最後尾に並んだ。
(もう二度とオレに関わるなよ)
中庭でそう言われて以来、米谷とは口をきいていない。
もし、ウラハさんに会わなかったら、僕と米谷くんとの関係はどうなっていただろう……。
ちらりとそんなことがよぎったが、頭を振ってかき消した。
バスに乗り込んだあとも、米谷がルチカに気がつくことはなかった。車内アナウンスが光釘高校の最寄りのバス停の名を告げ、ほどなくしてバスが停車する。米谷が降車し、ルチカも慌てて降りた。
そっとあたりを見まわすと、学校へと続く道の前方に、こちらにまったく気づかずに歩く米谷のうしろ姿がある。ルチカはほっと、ひと息ついた。
歩く速度を落とし、米谷に追いつかないように道をいく。
なんとなく、自分が情けない。
うつむいたまま正門に着くと、ルチカの肩を、大きな手のひらがつかんだ。
「よお」
驚いて振り向くと、古賀が満面の笑みで立っていた。
「あ……こ、古賀くん。おはよう……」
「はい、これ」
古賀は持っている紙の束から、一番上のカラフルな紙をルチカに手渡した。
バスケ部、部員募集!
紙には緑色の文字で、大きくそう書かれている。
「こ、これって……?」
「へへ。オレ、センパイからバスケ部の勧誘頼まれててさ、今日からチラシ配り手伝ってんの。オレはもう入部届出したんだけど、どう? ニジゲンも入んない? 優しいセンパイばっかりだよ」
って、センパイに言えって言われたんだけど。と、古賀はおどけて笑った。
ルチカは目を見開いて、古賀を見あげる。
「ぼ、僕を……バスケ部に?」
「おお」
「ど、どうして僕を?」
「どうしてって……ニジゲンとは同中だし……いまちょうど、目の前にいたから?」
古賀は屈託のない笑顔を見せた。
ルチカは、自分の胸が温かくなったのがわかった。
古賀くんが、部活仲間になろう、と誘ってくれている。
古賀と部活仲間になることは、中学時代、ルチカが一度試みて、挫折してしまった願望である。そして、ついこの間も、光校のバスケ部に入ろうかとうっすら考えたばかりだ。
その話がまさか、こんな形で舞い込んで来るなんて思いもよらなかった。
普通なら、手放しで喜ぶところだ。だけど、いまは……。
いまは、心のなかがウラハさんでいっぱいだ。
もし、自分が部活に入れば、時間が拘束される。そうなれば、ウラハさんと過ごす時間に影響が出るかもしれない。ウラハさんとこれからどうなるのかわからないけれど、彼女とのことがはっきりするまで、入部の決断をすることはできない。
ルチカは古賀に「保留にさせてほしい」と言おうと口を開きかけたが、古賀のほうが一足早かった。
「てかさぁ、さっき米谷がいたからあいつにも声かけたんだけど、あいつなんて言ったと思う? うちの家系は代々文科系の一族だから、おれの血はバスケに向いてないよ、じゃあ、用事があるからごめんね~、だって。家系持ち出してくるって、断りかた斬新じゃね?」
古賀は声を出して楽しげに笑ったが、ルチカは顔が引きつった。
そういえば、米谷くんは書き込みの犯人は古賀くんだと疑っていた。
古賀くんの無実を知ったいま、僕はそれを米谷くんに伝えるべきだろうか。
米谷くんの前に顔を出して、余計に嫌われるのも嫌だけど、どうしよう……。
ルチカはうつむいて考え込んだ。
それを見て、古賀はぎょっとする。
「お……おい、どうした? おまえまで、そんな顔すんなよ。別に、無理やり入れって言ってるわけじゃねえんだからな。よかったらどうかなー、って感じで誘ってるだけだし、普通に断ってくれていんだから!」
慌ててフォローをする古賀を見て、ルチカは心を決めた。
やっぱり、このままじゃいけない。
僕が言わなければ、おそらくこのひとは一生濡れ衣を着ることになる。
古賀くんの名誉のために、古賀くんと米谷くんの今後のために、僕は真実を伝えなければならないと思う。
「……古賀くん、ちょっと、用事ができたからごめん!」
ルチカは勢いよく駆け出した。
「え……?! 用事って、ニジゲン、おまえもかよ……!」
バスケ部って、なんでこんなに敬遠されてんの?
そんな古賀の動揺など、ルチカは知るよしもない。
米谷のあとを追い、走る。
昇降口で、気怠そうに靴を履きかえている米谷を見つけた。
ルチカは迷わず手を伸ばし、米谷の制服の袖をつかんだ。
米谷は驚いてからだを跳ねさせる。ルチカの顔を見て舌打ちをし、腕を振り払った。
「……なんだよ。オレにはもう関わるなって言っただろ」
「ごめん。でも、ひとこと言いたくて……あの書き込みだけど……光高の掲示板に『死ねニジゲン』って書き込んだ犯人は、古賀くんじゃなかったんだ」
「……は?」
ルチカは書き込みの正体を、すべては話さず、もうひとり、ニジゲンというあだ名の人物が存在した、という部分だけを抜粋して説明した。
「……だから、古賀くんは、関係ないから」
肩で息をしながら、ルチカは強い視線で訴える。
米谷の顔が、気まずそうに歪む。思い切り古賀を疑っていたため、バツが悪いのだ。
米谷はもう一度舌打ちをして、横目でルチカを見る。
「……今度だけは許してやるから、オレが疑ってたこと絶対古賀くんに言うなよ」
ルチカは、わかった、と頷いた。
よかった。これでもう、古賀くんの疑いは晴れた。
僕が米谷くんを疑ったことも、許してくれた。
これで、お互いわだかまりは、なにも……。
ない、と思ったが、ルチカはもうひとつ、気になっていたことを思い出した。
「じゃあ米谷くんも、僕のこと、ニジゲンって呼ぶのやめてくれる? そんなあだ名があるから、僕たちが書き込みのことで振りまわされる原因にもなったと思うんだ。もともと、そんなに気に入ってるわけでもなかったし、もうニジゲンって呼ばないでね」
米谷は面食らったようすで、ぽかんとしていた。
ルチカはすぐに正門に戻り、古賀にも「もうニジゲンと呼ばないで」と伝える。
あだ名がついた経緯を説明すると、古賀は「理由をよく知らなかったとはいえ、いままで悪かった」と謝った。
「じゃあ、これからはニビって呼ぶ! 鈍条崎だから、ニビ!」
破顔する古賀に、ルチカも微笑んだ。
話の途中、古賀は相変わらず、「涙の色が見える、という話はやっぱり信じられない」と話した。
ルチカは思う。
僕の話を信じてはいないけれど、古賀くんは事情をわかってくれて、あだ名を変えてくれた。
これも、受け入れてくれた、ということなのだろうか。
彼が昔から僕を疎外しなかった理由も、もしかしたらそういうことだったのかもしれない。
僕という人間を、理解できない部分もあるけれど、クラスメイトとして受け入れてくれていた。
僕の両親や、ウラハさんとはちょっと違うけれど、古賀くんは古賀くんのできる範囲で、僕を受け入れてくれていたのではないかな。
どこか清々しい気持ちで古賀と別れ、ルチカは教室へ向かった。
昇降口で靴を履きかえ、廊下を歩く。
階段が見えてきたとき、女子生徒たちがざわついていることに気がついた。
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