月並みニジゲン

urada shuro

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第八章(最終章)

白き極彩色(1)

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 ウラハの停学中、ルチカのまわりは静かだった。
 三日間、これといった出来事はなにもなかったのだ。

 停学が明ける今日も、穏やかな朝を迎えていた。
 パジャマから制服に着替え、二階の自室を出る。階段をおり、キッチンへいくと、テーブルにはすでに朝食が用意されていた。
「おはよう」と声をかけると、二方向から同じ言葉が返ってくる。
 食卓でクロワッサンをかじっている父・キヨタと、流し台の前で洗いものをしている母・麗奈の顔が、そろってこちらを向いた。

 レースのカーテン越しに、窓から見える空は水色だ。
 家族も、天気も、穏やかである。

 ルチカはダイニングテーブルの自分の席に着くと、冷蔵庫から出した冷たい牛乳をコップに注ぎながら、両親に尋ねた。

「……ねえ、僕のこと、信じてる?」

 キヨタと麗奈は、顔を見合わせた。

「……なにその質問」

 キヨタは食べかけのクロワッサンを持ったまま、固まっている。

「なんかあったの?」

 麗奈はエプロンで濡れた手を拭きながら、ルチカのとなりの席に座った。

「ううん、ちょっと、聞きたいだけ。僕、涙の色が見えるでしょ? そのこと、お父さんとお母さんは、どう思ってるのかなって思って」

 キヨタと麗奈はもう一度顔を見合わせると、そろって眉をさげ、微笑んだ。

「そうね……物心ついたときからそれがルチカの特技だったから、信じるとか信じないとかは考えたこともないわね」

 麗奈はルチカの顔を見て、肩をすくめた。

「……でも、はじめて聞いたときは変に思わなかった? ほかのみんなは変だって言うのに、お母さんはなんでそう思わなかったの?」

 こんなことを母親に聞いたのははじめてだ。
 ルチカにとって、両親は常に味方だった。
 父も母も、ルチカが涙の色のことを話すたびに、しっかりと耳を傾けて聞いてくれた。
 世間に馴染めないルチカを、ときには励まし、ときには共に闘ってくれた。
 物心のついたころからそうだったため、ルチカはそれがあたり前だと思って生きていた。
 自分の両親なのだから、当然、自分と同じ思いだと、疑う余地もなかった。

 しかしウラハと出会い、米谷や麻乃花という他人とも関わりを持ったルチカは、人間の考えかたは千差万別なのだと、まざまざと思い知った。そして、たとえ自分と考えが違う人間とでも、わかり合えることもあるという可能性も知った。

 そこで気がついたのだ。

 両親が自分へ注いでくれる「当然」が、もしかして「当然」ではないのではないか、ということに。

「うーん……まあ、めずらしいことを言う子だとは思ったけど……ルチカはまわりの子より言葉がちょっと遅かったからね、元気に話してくれるだけでわたしは嬉しかったのよ。だから拙い言葉を聞くのに夢中で、話の内容に驚くことなんて忘れてたっていうのが正直なところね。それに、あんたって首でブリッジしたまま前進してくクセがあったから、そっちのほうが、よっぽどびっくりしたわ」

 大きな口を開け、麗奈は笑った。その前の席で、キヨタは口いっぱいにクロワッサンを頬張り、頷いている。

「……あ、でも、そういえばお父さんははしゃいでたわよね。天才少年としてテレビに出すとか言い出しちゃってさ。それも、うちの犬はしゃべります、とかいうレベルの視聴者投稿系番組によ? わたし頭にきて、ルチカつれて実家に帰ってやったんだから。思えば、あれがはじめての大喧嘩だったわね。ねえ?」

 半笑いの麗奈ににらまれ、キヨタは飲んでいた野菜ジュースを噴き出した。

「も……もう、そんな昔の話持ち出さなくても……オレだって、そんなつもりじゃなかったって言ってるじゃん。若気の至りというかさあ」

 キヨタは唇をとがらせ、イスに座ったままひざを抱えた。麗奈はふきんでテーブルを拭きながら、

「すねてないで、ちゃんと我が子に説明してあげて」と言って、くすくす笑っている。

 キヨタは背筋を伸ばして座り直すと、ルチカの手を握り、真剣な眼をした。

「……信じてくれ、ルッチ。あのときオレは、おまえをみんなに自慢したかっただけなんだ。オレはいつだって、おまえのことも、お母さん……いや、麗奈のことも、愛してるからな」

 ルチカを見つめて、キヨタが深く頷く。そして横目で麗奈を見ると、口角をあげ、ウインクをした。それを見た麗奈も、口もとを緩ませている。

「……うん。ありがとう」

 ルチカにも自然と、笑みがこぼれた。
 僕は他人とうまく関係を築けたことはないけれど、家族には本当に恵まれていると思う。

(信じるとか信じないとか、考えたこともなかったわね)

 もしかしたら、両親だって、ずっと僕に話を合わせてくれているのかもしれない。
 でも、僕は受け入れられている。
 理解してもらえている。
 愛されている。

 僕はずっと疑問もなく、この家族と、こうして生きてきた。
 だからほかのひとにも、お父さんやお母さんと同じように、自分と接してほしくてたまらなかった。

 信じる、というのと、受け入れる、というのはやっぱり違う。
 でも、どちらも嬉しい。

 理解して、受け止める。
 受け入れることも、信じることと同様に、難しいことなのかもしれない。

 ウラハさんに「信じるのではなく、受け入れるのではだめなのか」聞かれたあのとき、僕はまだ意味がわからず、受け入れてもらうというだけでは不安だと思った。

 でも、ウラハさんと過ごしてわかった。
 入学式の日に、僕が願ったことは間違っていた。
 僕が本当に出会いたかったのは、「自分を受け入れてくれるひと」だったんだ。

 たとえ信じてくれていても、僕のことが嫌いなら、きっと仲良くなんてなれない。信じてくれるだけでは、きっとだめなんだ。

 他人と親しくなるというのがどういうものか、僕はずっと知らなかった。
 でも、ウラハさんと出会って、それを知ることができた。

 だから、僕もウラハさんを受け入れたい。
 放課後、ウラハさんと会えますように……。

 不安を胸の奥まで押し込むように、一気に牛乳を飲みほした。
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