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第一章
素敵な出会い(3)
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「……ふーん。じゃあ、あんたあたしの言うことなんでも聞ける? あたし、いまはそういう相手としか仲良くしたくないんだけど」
「えっ? ぼ、僕がウラハさんの言うことを?」
「そう」
ルチカは自分の斜め上を、ぼんやりと見つめた。脳裏に浮かんだのは、やんちゃな上級生にパンを買いにいかされる気の弱い下級生の姿だ。
「……それって、僕がウラハさんの使い走りになるってことですか? あの、僕そういうのじゃなくて、水色の空のもと、パンジーの咲く学校の中庭で一緒にランチをしながら、たわいのない会話を楽しんで、ともに笑い合う……みたいな平穏なイメージで仲良くして欲しいんですけど、それじゃ駄目ですか?」
真っ直ぐ、真剣な顔でウラハに問う。
これまで友達ができたことのないルチカは、休み時間に友達同士で楽しげに話す同級生たちを見ては、いつも憧れを抱いてきた。
ルチカの求める「仲のいい」関係は、その憧れのなかにあるものだ。
たとえウラハのそばにいられるとしても、使い走りになるというのは、「仲がいい」とはちょっと違うのではないかと感じる。
ウラハは、は、と息を吐き、肩をすくめた。
「あんたってほんとに平凡な人間ね。パシリなんて低俗な存在、あたしは欲してないわ。助手よ、助手。あたしの助手になれって言ってるの」
「じょしゅ……?」
ルチカの目が、ぱちぱちと瞬く。
「そう。あたしいま、ある作品を作ろうとしてるところなの。あんたは、それを手伝う助手になるのよ」
そういえば、とルチカは思い出した。
ウラハさんはさっき美術室で、なにか絵を描いていた。
ある作品とは、あれのことだろうか。
「はあ……助手って、なにをすればいいんですか? 僕、美術苦手なんですけど」
「助手はあたしの言うことを聞けばいいのよ。美術がどうとか、関係ないわ」
「え? 言うことを……それって、やっぱり使い走りじゃ……」
「あっそう。嫌ならいいから。じゃあね!」
ウラハは今度こそ歩き出した。ルチカは急いで追いかける。
「ま、待ってください!! もう少し話し合いませんか? 僕、ウラハさんとこれで終わりなんて嫌です! それに、ウラハさんがどうして泣いてたのか、まだ教えてもらってないし……」
「……なに?」
ウラハは立ち止り、振り返った。眉間にはしわがよっている。
「正門の前ではじめて会ったとき、白い涙のあとが、ウラハさんのほっぺに見えたんです。学校に着く前、泣いてたんですよね」
「泣いてない」
即座に、否定の言葉が返される。言葉同様、ウラハの視線は強く、鋭い。しかし、ルチカは引かず、詰めよった。
「僕には、見えました。でも白い涙がどんなときに流れるか、僕はまだ知らないんです。だから気になるんです。ウラハさん、なにかつらいことでもあったんじゃないかと思って」
「ないわ。しつこいわね」
「じゃあ、嬉しいこととか、いいこととか……」
「ないって言ってるでしょ、なんでそんなにしつこいのよ!」
「あなたのことで、頭がいっぱいだからです」
あまりにはっきりとした告白に、ウラハは目を真ん丸にして、硬直した。
ルチカから視線をはずし、しばらく黙り込んだあと、眉をハの字にして鼻から息を抜く。
「……あんた、やっぱりあたしの助手になりなさい」
「……え?」
今度はルチカがキョトンとした。ウラハは腕組みをして、あごをあげる。
「ただ言うこと聞くっていうのは、嫌なんでしょ? 仕方ないから譲歩してあげるわ。あんたって平凡なストーカー並の人間だけど、逆に言えば忠実な助手になりそうだから。あんたが助手として働いて、あたしの作品が仕上がったとき、泣いてた理由を教えてあげる。これでどう?」
「……やっぱり、泣いてたんですね」
ウラハはその問いには答えなかった。
「これ以上は譲らないわ。どうするの?」
ルチカは改めて、助手という立場になった自分について、想像してみる。
作品ができるまで、ウラハと共に行動し、彼女の作品の手助けをする……。
よくよく考えると、やりがいがあるかもしれない。言うことを聞く、と言えば聞こえが悪いが、自分が他人の役に立つ、と思えば、悪くない気もしてきた。
むしろ、嬉しい。誰かのために協力し、なにかをなしとげる、というのは、ルチカにとってはじめてのことだ。
「……助手になれば、僕と仲良くしてくれますか?」
「あんたがよく働けば……そうね。とりあえず、毎日会話くらいはしてあげる」
「ほんとですか?」
「約束」
ずいぶん上から目線で不平等な約束だが、それでもルチカはときめいた。
自分を信じてくれるひとと、毎日会話ができる。
孤独だった自分が、他人の役に立てる。
作品が出来上がれば、白い涙の秘密も手に入る。
その約束を、交わす。
他人と「約束」をしたのもはじめてだ。放課後に遊ぶ約束や、一緒に帰る約束すら、これまで誰ともしたことがなかった。
そんな彼にとって、他人と取り決めをすることは、助手としてどんなこき使われかたをするのだろうという不安を打ち消すほどの魅力を持つ代物だった。
「約束……」
ルチカは噛みしめるようにつぶやいた。
そのたった四文字が、耳をくすぐり、全身を柔らかく包んでいく。目を閉じ、余韻を楽しみながら息を吸い込むと、自然と笑みがこぼれた。
「わかりました。僕、ウラハさんの助手になります」
両手で握り拳を作って言いきったルチカを見て、ウラハは頷いた。
「よし。じゃあ、さっそく仕事ね。ここから、飛び込んでくれる?」
ウラハの指さきは、橋の下をさしている。
橋の下は、川だ。つまり、川に飛び込めと言われたのだ。
この橋は、地元では有名な場所である。数年前までは、夏になると地元の子供たちが橋の上から川へ飛び込んで遊ぶ、天然のプールだった。そのようすはニュースでも毎年取りあげられ、夏の風物詩となっていた。橋から川の水面までは、多く見積もっても3メートルに満たない。水流も緩く、大きな事故が起きたこともない。しかし、時代の流れと共に「危険だ」という声があがりはじめ、現在、橋から飛び込むことは禁止となっていた。
「え……? ここから飛ぶのが、助手の仕事ですか?」
「そうよ。まずはあたしへの忠誠心をからだで示してもらうわ。口だけじゃ、信用できないから」
苛立っているのか、ウラハは組んだ腕の肘を、指さきでとんとんと叩いている。
ルチカは橋の欄干に近づき、川のようすをのぞき込んでうかがった。水面に映った光が、誘うようにゆれている。ウラハと約束を交わしたことで舞いあがっているせいか、怖い、というよりもさきに、きれいだと思った。今日は水も澄んでいる。
ウラハは、自分を信じてくれたひとだ。ここから飛ばなければ、もしかしたら、自分に対するすべての信用度が落ちてしまうかもしれない。そのほうがルチカには怖く思えた。
欄干の外側には、幅二十センチほどの出っ張りがある。この場所が地元の子供たちの遊び場だった時代、その出っ張りが飛び込み台の役割を成していた。ルチカも、そのことは知っている。バッグを地面に置き、欄干に片足をかけた。
ウラハが、ルチカの腕をつかむ。ルチカは欄干に片足を置いたまま、軽く首をかしげ、「どうしたの?」とでも言いたげな、不思議そうな表情でウラハを見た。
「服、脱いでから飛んで。あと、一応準備運動もしてよ。あとからあたしのせいで死んだ、とか言いがかりつけられても、迷惑だし」
「あ……はい」
ルチカは欄干から足をおろすと、制服のズボンと下着以外のすべてを脱いだ。上半身裸に制服のズボンという格好になると、無音のラジオ体操を始める。
準備体操を終え、再び欄干にのぼると、今度こそ本当に外側の飛び込み台におりた。からだの向きを変え、下を見る。やはり水面がきらきら輝いて、きれいだ。水面のところどころからぴょこぴょこと光が顔を出し、もぐらたたきのもぐらのようにも見える。「川に飛び込むことは、死に繋がる危険性を伴っている」という常識など、完全に頭から消えていた。
「じゃあ、いきます」
ルチカの声に、ウラハは息をのむ。ルチカは一度深呼吸をすると、階段の最後の一段を飛びおりるように、あっさりと川に飛び込んだ。
派手な音と共に、水しぶきがあがる。
ウラハは橋の欄干から身を乗り出し、川をのぞき込む。
すぐに、水面からルチカの姿があらわれた。
ウラハはしばらく、大口をぽかんとあけたまま、川のなかのルチカを見ていた。やがてルチカが川岸に向かって泳ぎ出した姿を見届けると、欄干に倒れ込むようにして笑い出す。
「あは! あっははは!! ……飛んだ。飛びやがった……!」
ルチカの着水地点から川岸までは比較的距離も近く、今日は水深も浅かったが、水中では思った以上にからだが重く、岸に辿り着いたときには息が切れていた。どうにか岸にあがって、座り込む。足さきはまだ川のなかに浸っているが、動かす力が出ない。ただ呆然と、全身で自分の鼓動を感じていた。
「ばーか! こんな時期に飛び込むやつなんて、ほんとにバカだぞー!」
ウラハが橋の上から叫んでいる。
彼女の顔を見あげた途端、鼻の奥が痛んだ。すぐに鼻頭を押さえ、下を向く。おそらく水が入ったのだろう。いまごろ、からだの冷えも感じ始めた。水温の低い水に全身が浸かったうえに、まだ足が水のなかなのだから、寒いのは当然だ。動きたくもなかったが、ひきずるようにしてなんとか水際から足を引きあげた。
「合格! 明日の朝六時半、裏門にあるウサギの像の裏に集合! じゃあね!」
「えっ……もしかしてウラハさん、帰っちゃうんですかー?」
「当ったり前でしょ! そんなびしょ濡れの人間と一緒に歩くなんて、絶対に嫌!」
ウラハはそう叫ぶと、駅のほうへと歩き始めた。
橋を渡り、徐々に見えなくなるウラハの姿を、ルチカはふるえながら見送る。
ウラハが完全に見えなくなると、視線は自ずと空へ向かった。
水色だ。
水色の涙は、安堵を表す。
太陽がまぶしい。
さっき橋の上から見た水面を照らす光を、いま自分が浴びている。
僕の人生にも、まばゆい光がさした。
「また、明日」
もう姿の見えないウラハに向け、ルチカは満面の笑みで手をふった。
「えっ? ぼ、僕がウラハさんの言うことを?」
「そう」
ルチカは自分の斜め上を、ぼんやりと見つめた。脳裏に浮かんだのは、やんちゃな上級生にパンを買いにいかされる気の弱い下級生の姿だ。
「……それって、僕がウラハさんの使い走りになるってことですか? あの、僕そういうのじゃなくて、水色の空のもと、パンジーの咲く学校の中庭で一緒にランチをしながら、たわいのない会話を楽しんで、ともに笑い合う……みたいな平穏なイメージで仲良くして欲しいんですけど、それじゃ駄目ですか?」
真っ直ぐ、真剣な顔でウラハに問う。
これまで友達ができたことのないルチカは、休み時間に友達同士で楽しげに話す同級生たちを見ては、いつも憧れを抱いてきた。
ルチカの求める「仲のいい」関係は、その憧れのなかにあるものだ。
たとえウラハのそばにいられるとしても、使い走りになるというのは、「仲がいい」とはちょっと違うのではないかと感じる。
ウラハは、は、と息を吐き、肩をすくめた。
「あんたってほんとに平凡な人間ね。パシリなんて低俗な存在、あたしは欲してないわ。助手よ、助手。あたしの助手になれって言ってるの」
「じょしゅ……?」
ルチカの目が、ぱちぱちと瞬く。
「そう。あたしいま、ある作品を作ろうとしてるところなの。あんたは、それを手伝う助手になるのよ」
そういえば、とルチカは思い出した。
ウラハさんはさっき美術室で、なにか絵を描いていた。
ある作品とは、あれのことだろうか。
「はあ……助手って、なにをすればいいんですか? 僕、美術苦手なんですけど」
「助手はあたしの言うことを聞けばいいのよ。美術がどうとか、関係ないわ」
「え? 言うことを……それって、やっぱり使い走りじゃ……」
「あっそう。嫌ならいいから。じゃあね!」
ウラハは今度こそ歩き出した。ルチカは急いで追いかける。
「ま、待ってください!! もう少し話し合いませんか? 僕、ウラハさんとこれで終わりなんて嫌です! それに、ウラハさんがどうして泣いてたのか、まだ教えてもらってないし……」
「……なに?」
ウラハは立ち止り、振り返った。眉間にはしわがよっている。
「正門の前ではじめて会ったとき、白い涙のあとが、ウラハさんのほっぺに見えたんです。学校に着く前、泣いてたんですよね」
「泣いてない」
即座に、否定の言葉が返される。言葉同様、ウラハの視線は強く、鋭い。しかし、ルチカは引かず、詰めよった。
「僕には、見えました。でも白い涙がどんなときに流れるか、僕はまだ知らないんです。だから気になるんです。ウラハさん、なにかつらいことでもあったんじゃないかと思って」
「ないわ。しつこいわね」
「じゃあ、嬉しいこととか、いいこととか……」
「ないって言ってるでしょ、なんでそんなにしつこいのよ!」
「あなたのことで、頭がいっぱいだからです」
あまりにはっきりとした告白に、ウラハは目を真ん丸にして、硬直した。
ルチカから視線をはずし、しばらく黙り込んだあと、眉をハの字にして鼻から息を抜く。
「……あんた、やっぱりあたしの助手になりなさい」
「……え?」
今度はルチカがキョトンとした。ウラハは腕組みをして、あごをあげる。
「ただ言うこと聞くっていうのは、嫌なんでしょ? 仕方ないから譲歩してあげるわ。あんたって平凡なストーカー並の人間だけど、逆に言えば忠実な助手になりそうだから。あんたが助手として働いて、あたしの作品が仕上がったとき、泣いてた理由を教えてあげる。これでどう?」
「……やっぱり、泣いてたんですね」
ウラハはその問いには答えなかった。
「これ以上は譲らないわ。どうするの?」
ルチカは改めて、助手という立場になった自分について、想像してみる。
作品ができるまで、ウラハと共に行動し、彼女の作品の手助けをする……。
よくよく考えると、やりがいがあるかもしれない。言うことを聞く、と言えば聞こえが悪いが、自分が他人の役に立つ、と思えば、悪くない気もしてきた。
むしろ、嬉しい。誰かのために協力し、なにかをなしとげる、というのは、ルチカにとってはじめてのことだ。
「……助手になれば、僕と仲良くしてくれますか?」
「あんたがよく働けば……そうね。とりあえず、毎日会話くらいはしてあげる」
「ほんとですか?」
「約束」
ずいぶん上から目線で不平等な約束だが、それでもルチカはときめいた。
自分を信じてくれるひとと、毎日会話ができる。
孤独だった自分が、他人の役に立てる。
作品が出来上がれば、白い涙の秘密も手に入る。
その約束を、交わす。
他人と「約束」をしたのもはじめてだ。放課後に遊ぶ約束や、一緒に帰る約束すら、これまで誰ともしたことがなかった。
そんな彼にとって、他人と取り決めをすることは、助手としてどんなこき使われかたをするのだろうという不安を打ち消すほどの魅力を持つ代物だった。
「約束……」
ルチカは噛みしめるようにつぶやいた。
そのたった四文字が、耳をくすぐり、全身を柔らかく包んでいく。目を閉じ、余韻を楽しみながら息を吸い込むと、自然と笑みがこぼれた。
「わかりました。僕、ウラハさんの助手になります」
両手で握り拳を作って言いきったルチカを見て、ウラハは頷いた。
「よし。じゃあ、さっそく仕事ね。ここから、飛び込んでくれる?」
ウラハの指さきは、橋の下をさしている。
橋の下は、川だ。つまり、川に飛び込めと言われたのだ。
この橋は、地元では有名な場所である。数年前までは、夏になると地元の子供たちが橋の上から川へ飛び込んで遊ぶ、天然のプールだった。そのようすはニュースでも毎年取りあげられ、夏の風物詩となっていた。橋から川の水面までは、多く見積もっても3メートルに満たない。水流も緩く、大きな事故が起きたこともない。しかし、時代の流れと共に「危険だ」という声があがりはじめ、現在、橋から飛び込むことは禁止となっていた。
「え……? ここから飛ぶのが、助手の仕事ですか?」
「そうよ。まずはあたしへの忠誠心をからだで示してもらうわ。口だけじゃ、信用できないから」
苛立っているのか、ウラハは組んだ腕の肘を、指さきでとんとんと叩いている。
ルチカは橋の欄干に近づき、川のようすをのぞき込んでうかがった。水面に映った光が、誘うようにゆれている。ウラハと約束を交わしたことで舞いあがっているせいか、怖い、というよりもさきに、きれいだと思った。今日は水も澄んでいる。
ウラハは、自分を信じてくれたひとだ。ここから飛ばなければ、もしかしたら、自分に対するすべての信用度が落ちてしまうかもしれない。そのほうがルチカには怖く思えた。
欄干の外側には、幅二十センチほどの出っ張りがある。この場所が地元の子供たちの遊び場だった時代、その出っ張りが飛び込み台の役割を成していた。ルチカも、そのことは知っている。バッグを地面に置き、欄干に片足をかけた。
ウラハが、ルチカの腕をつかむ。ルチカは欄干に片足を置いたまま、軽く首をかしげ、「どうしたの?」とでも言いたげな、不思議そうな表情でウラハを見た。
「服、脱いでから飛んで。あと、一応準備運動もしてよ。あとからあたしのせいで死んだ、とか言いがかりつけられても、迷惑だし」
「あ……はい」
ルチカは欄干から足をおろすと、制服のズボンと下着以外のすべてを脱いだ。上半身裸に制服のズボンという格好になると、無音のラジオ体操を始める。
準備体操を終え、再び欄干にのぼると、今度こそ本当に外側の飛び込み台におりた。からだの向きを変え、下を見る。やはり水面がきらきら輝いて、きれいだ。水面のところどころからぴょこぴょこと光が顔を出し、もぐらたたきのもぐらのようにも見える。「川に飛び込むことは、死に繋がる危険性を伴っている」という常識など、完全に頭から消えていた。
「じゃあ、いきます」
ルチカの声に、ウラハは息をのむ。ルチカは一度深呼吸をすると、階段の最後の一段を飛びおりるように、あっさりと川に飛び込んだ。
派手な音と共に、水しぶきがあがる。
ウラハは橋の欄干から身を乗り出し、川をのぞき込む。
すぐに、水面からルチカの姿があらわれた。
ウラハはしばらく、大口をぽかんとあけたまま、川のなかのルチカを見ていた。やがてルチカが川岸に向かって泳ぎ出した姿を見届けると、欄干に倒れ込むようにして笑い出す。
「あは! あっははは!! ……飛んだ。飛びやがった……!」
ルチカの着水地点から川岸までは比較的距離も近く、今日は水深も浅かったが、水中では思った以上にからだが重く、岸に辿り着いたときには息が切れていた。どうにか岸にあがって、座り込む。足さきはまだ川のなかに浸っているが、動かす力が出ない。ただ呆然と、全身で自分の鼓動を感じていた。
「ばーか! こんな時期に飛び込むやつなんて、ほんとにバカだぞー!」
ウラハが橋の上から叫んでいる。
彼女の顔を見あげた途端、鼻の奥が痛んだ。すぐに鼻頭を押さえ、下を向く。おそらく水が入ったのだろう。いまごろ、からだの冷えも感じ始めた。水温の低い水に全身が浸かったうえに、まだ足が水のなかなのだから、寒いのは当然だ。動きたくもなかったが、ひきずるようにしてなんとか水際から足を引きあげた。
「合格! 明日の朝六時半、裏門にあるウサギの像の裏に集合! じゃあね!」
「えっ……もしかしてウラハさん、帰っちゃうんですかー?」
「当ったり前でしょ! そんなびしょ濡れの人間と一緒に歩くなんて、絶対に嫌!」
ウラハはそう叫ぶと、駅のほうへと歩き始めた。
橋を渡り、徐々に見えなくなるウラハの姿を、ルチカはふるえながら見送る。
ウラハが完全に見えなくなると、視線は自ずと空へ向かった。
水色だ。
水色の涙は、安堵を表す。
太陽がまぶしい。
さっき橋の上から見た水面を照らす光を、いま自分が浴びている。
僕の人生にも、まばゆい光がさした。
「また、明日」
もう姿の見えないウラハに向け、ルチカは満面の笑みで手をふった。
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