王子発掘プロジェクト

urada shuro

文字の大きさ
上 下
40 / 52
第8章

再び(4)

しおりを挟む
 


 ぱっと視界が明るくなり、緑、水色、白、茶色……カラフルな世界が広がった。

 足元に敷き詰められた芝生。外と城内とを隔てる高い塀。その塀に沿って、等間隔で植えられている背の高いミッチェハップの樹。
 あたしたちは裏庭の入り口、ミッチェハップ並木のスタート地点にワープしてきたらしい。すぐ目の前の樹の影には、不審な先客もいた。こちらに背を向けるように樹の幹に身を隠し、こそこそと何かを覗き見している。

「……あれ?! もしかしてアニイセンパイじゃないですか?!」

 あたしが声をかけると、不審人物……もといアニイセンパイは「……ぅわあぁっ?!」と叫んで跳ねるようにふり返る。

「な、何?! 誰……って、え? マ……マトリ?!」

 汗をかきながら目をぱちぱちさせたあと、センパイは大きく溜め息を吐いた。

「あんた、こんなとこで何やってんの?! てか聞いたよ、マトリ。あんたの連れてきた王子候補が、悪魔女の子供だったらしいじゃん!」
「は、はい……」

「その話、懐かしすぎて逆に新鮮だね。それより……いたよ、悪魔女だ」

 レオッカはそう言って裏庭の奥を指差した。
 遠目から見て、白いふたつの石――慰霊碑に変化はなさそうだ。ただ、その側に明らかな異常があった。ミッチェハップの大木を包むような太い光の柱が、地面から空まで突き抜けている。大木の根元には、紫の服を身に着けた悪魔女が地べたに座っていた。

「ちょっ……エミルドさんの慰霊碑の横で、なにしてるの?!」

 取り乱すあたしの腕を、センパイが「こら、落ち着きな」と言って掴んだ。レオッカはセンパイの方へ向き直る。

「アニイさん……だっけ。いつからここにいたの?」
「え? て、そういえば、きみは誰?」
「僕はレオッカ・ニナ。闇魔法使いニナファルドの息子だよ。よろしくね」
「ええっ?! ニ、ニナファルドの? え?!」
「驚くのはあとあと。それでアニイ隊員。ここにきたのはいつ? 何を見てたの?」
「え……い、いつって……ついさっきだよ。だいぶ前に悪魔女の子が白の地で暴れてるって一報が入って、国王様は地下道から避難することになったんだけど……同行する護衛はベテランのみで、二年目のあたしは偵察班に回されたんだ。で、城外を確認して城に戻る途中ここを通りかかったら、あの紫の服のひとが現れたの。ぶつぶつ言いながら樹に触って地面に座り込んだから、不審だと感じて見てたわけ。そしたら一瞬、まばゆい光が辺りを照らして、断末魔のような声……なのか音なのかわかんないけど、とにかく叫びが響いてさ。その後、あの光の柱が現れて……やばい、これはこの世の終わり的な何かが起こる! 結婚もしないままわたしの人生は終わりだ―っ……と思ったんだけど、特に何も起こることもなく数分が経ったところ」
「叫び……、か」

 レオッカは現場に向かって歩き出した。あたしはセンパイに状況を説明しながら、彼に付いて行く。悪魔女まであと五メートルというところまで来て、レオッカの足が止まった。

 光の柱にのみ込まれた大木から、葉っぱがパラパラと落ちていく。それだけではない。枝や幹も、徐々にだけど確実に、ゆっくりと、枯れるように細くしぼんでいっている。

「な、なに? 樹がっ……」

 駆け寄ろうと一歩足を出すと、レオッカの手に止められた。

「マトリ、これ以上近付いちゃだめ。巻き込まれるよ。これは、人体復活の魔法だ」
「え……、じ、人体復活……?!」
「そう。この樹と、この樹に住まう無数の虫の魂を原料に、死んだひとを生き還えらせるつもりみたいだね。おそらく、あと数十分……遅くても一時間くらいで、魔法が完成するはずだよ」
「で、でもそれって、禁忌の魔法なんじゃ……エミルドさんの魔法書にも載ってないし」
「うん。いくら魔法使いでも、ひとの生き死にに手を加えてはならない……ってことで、身体の一部を再生させることすら禁止とされてるらしいからね。ま、でも他の守護者には禁忌とされてても、悪魔女にとっては普通の魔法なんじゃない?」

 笑うレオッカに、あたしは首をかしげる。

「だけど、一体誰を生き還らせるつもり……? 死んだひとの中に悪魔女の味方がいたってこと? あ……そういえば、ライドには悪魔女に取り入ってた者もいたってシロクさんが……」
「うーん、どうなんだろうね。とにかく、人体復活の魔法は魔魂の消耗が激しいんだ。まず、今の悪魔女の小さな魔魂では無理。だから息子の魔魂を使うんだろうけど、今後使える魔力は著しく減ることになるよ。それを承知で、となれば……ひとつ考えられるのは、自分の身体を取り戻そうとしているのかもしれない。すでに死んでる、ひととしての魂と、肉体を」
「えっ……自分で自分を?!」
「実はずっと感じてたんだけど、悪魔女の魔魂が、彼の魔魂と噛み合ってないような気配が伝わってくるんだよね」
「ナ、ナナシの魔魂と、悪魔女の魔魂が?」
「うん。多分、いくら親子でも、生の魔魂がひとつの体内にふたつも入ってるのは無理があるんだろうね。おまけに彼のは魔法使いの自覚ができたばっかりの不安定な精神だから、乗っ取りたくても操りにくいのかも。そんな状態じゃ、本来の魔力は発揮できないんだよ」
「そういえばシロクさんも、悪魔女は全力じゃないかも、みたいなこと言ってたような……」
「やっぱりそうなんだ……悪魔女の身体が復活したら……悪魔女の魔魂は、彼の身体から自分の身体に乗り換える。そして、息子の身体から魔魂を奪い、自分のものにする。身体が自分のものだと、ふたつの魔魂を体内に持っていたとしても、他人の身体を操っている時より数段楽になる。そしたら、悪魔女の本領発揮。第二回ミグハルド大事変の幕開けだね」

 あたしは取り乱してレオッカの腕を掴んだ。

「そ、そんなっ……! ととと止めないと! なんとかしないと!」
「うん。阻止するには、悪魔女の身体が復活して、魔魂が自分の身体に乗り換える瞬間を狙うしかないね。乗り換えたあと、彼の魔魂を奪うはずだから、その前に僕が悪魔女の魔魂の動きを止めて、元国王軍に悪魔女の魔魂を斬ってもらう……っていうのがAプラン」

 Bプランがあるのかどうかは知らないけれど、それを聞く前にAプランに異議を唱える人物が現れた。遅れてやってきた、シロクさんだ。

「……レオッカ、その作戦には問題がある」
「あ……シロクさん! お、お疲れ様です」

 あたしはふり返り、ひとり自力でここへ来た彼に頭を下げた。
 アニイセンパイが、あたしの肘をつついて小声で問いかけてくる。

「誰?! この急に出てきたイイ男は」
「あ……彼、あたしがライド区でスカウトした王子様候補です。ほら、メールで話した……あと、実は元国王軍で魔魂葬剣の使い手というすごいひとですよ」
「まじか! わたしのイメージ通りなんだけど! あとは腹筋が」
「バッキバキでした」
「でかした、マトリ! 今度、焼き肉食べ放題奢ったげる! だから早く、紹介紹介」
「セ……センパイはこんな時にもぶれないっすね……」

 こほん、と咳払いをして、あたしは姿勢を正した。

「あ……あの、シロクさん。こちら、あたしの学生時代の先輩で、今は国王警備隊のアニイさんです。緊急で偵察をしていたところ、ここで偶然出会ったんですけど……」
「はじめまして、アニイです。お会いできて光栄です」

 凛々しい微笑みを浮かべ、センパイが手を差し出した。シロクさんは「……ライド流忍一家家長のシロクだ。よろしく」と握手に応じる。

 レオッカは腕を組み、右の頬を膨らませてシロクさんを見た。

「それより、どゆこと? 僕の考えのどこに文句があるわけ?」
「……文句ではなく、問題がある、と言っているんだ。おれは、魔魂葬剣が使えない」

 衝撃の告白に、みんなの目が丸くなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

処理中です...